普通の音:懐かしいLPを聴きながら
20才前後の頃、よく聴いていたLPの1枚がサイモンとガーファンクルの「明日に掛ける橋」です。ピアノ伴奏による1コーラス目の後、電気ベースが入って来て、延びの良い低音が部屋に響きます。この頃聴いていたLPには、リパッティと間違われていたステファンスカ女史のピアノによるションパンのピアノ協奏曲第1番、それとジャズ・ピアニストのマル・ウェルドロンのピアノ・ソロ「オール・アローン」があります。それぞれ、何度聴いたか分かりません。それぞれ、ほとんど1年間に渡って毎日聴いていたように思います。一旦行った大学を2ヶ月ほどでやめて、再受験の準備をしていた頃です。今思えば、音楽を大変な入れ込みようで(思いこみで)聴いていたようにも思います。よく言えば、感受性豊かにですが。その意味では、今はとても鈍感になっている一方、準備状況や舞台裏等に気づくようになっているように思います。素直でなくなったのですね、要するに。
今、レイボヴィッツ指揮、ロイヤル・フィルによるベートーヴェンの第9、第4楽章を聴いています。これは、リーダーズ・ダイジェストから出ていたLPで、中古で見つけました。語りっぽい例の出だしの低弦の速度が早く、これってオリジナルの速度に戻した演奏と同じ、と思わせるものがあります。素晴らしく主張というか強い表現が続き、一気に聴かせるものがあります。独唱陣も見事なアンサンブルを奏でています。バリトンが、いささか表現が大袈裟で、いわゆる時代がかっているところがありますが、アンサンブルになったときは普通に歌っています。強いドライブの掛かったレイボヴィッツのこの演奏は大変見事なものだと思います。ティンパニと別に大太鼓の音もそれらしく床を伝わってくる感じで、録音も良いものです。解説を見ると、独唱者達の録音風景の写真が載っているのですが、実際の録音における列びと逆になっています。写真の左右を間違えて掲載したのではないかと思ったのですが、上着のポケットの位置や前の重ね具合が普通なので、そうでもなさそうです。不思議な写真です。
上記のLPを聴いたのは、昨日、真空管アンプで聴いたLPだったからで、比較のために聴いた次第。特に気になるところのある音もせず、普通の音ですが、色彩感や存在感のようなものは欠けておらず、物足りなかったり、つまらなかったりする音でもありません。音を止めた時に、部屋の内外からの音に違和感を覚えない普通の音がします。トランジスタ・アンプでも、演奏の良さはよく表現されていますので、当分、このアンプ(PM-88aSE)を使うことにします。
今日、ステレオのチューニングと併行して行っていたのが、ラーメンのスープづくりです。5時間掛けて出来ました。イカは入れずに、豚骨、鶏ガラ、昆布、混合削り節、人参、長ネギの緑の部分、生姜、ニンニクを使いました。入れる量とタイミング、それと火加減は、今までの経験則。部屋中、いい匂いが漂っています。こんなことをしながら、かつては感受性が豊かだったらしい人が、また年を越します。








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