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普通の音:懐かしいLPを聴きながら

20才前後の頃、よく聴いていたLPの1枚がサイモンとガーファンクルの「明日に掛ける橋」です。ピアノ伴奏による1コーラス目の後、電気ベースが入って来て、延びの良い低音が部屋に響きます。この頃聴いていたLPには、リパッティと間違われていたステファンスカ女史のピアノによるションパンのピアノ協奏曲第1番、それとジャズ・ピアニストのマル・ウェルドロンのピアノ・ソロ「オール・アローン」があります。それぞれ、何度聴いたか分かりません。それぞれ、ほとんど1年間に渡って毎日聴いていたように思います。一旦行った大学を2ヶ月ほどでやめて、再受験の準備をしていた頃です。今思えば、音楽を大変な入れ込みようで(思いこみで)聴いていたようにも思います。よく言えば、感受性豊かにですが。その意味では、今はとても鈍感になっている一方、準備状況や舞台裏等に気づくようになっているように思います。素直でなくなったのですね、要するに。

今、レイボヴィッツ指揮、ロイヤル・フィルによるベートーヴェンの第9、第4楽章を聴いています。これは、リーダーズ・ダイジェストから出ていたLPで、中古で見つけました。語りっぽい例の出だしの低弦の速度が早く、これってオリジナルの速度に戻した演奏と同じ、と思わせるものがあります。素晴らしく主張というか強い表現が続き、一気に聴かせるものがあります。独唱陣も見事なアンサンブルを奏でています。バリトンが、いささか表現が大袈裟で、いわゆる時代がかっているところがありますが、アンサンブルになったときは普通に歌っています。強いドライブの掛かったレイボヴィッツのこの演奏は大変見事なものだと思います。ティンパニと別に大太鼓の音もそれらしく床を伝わってくる感じで、録音も良いものです。解説を見ると、独唱者達の録音風景の写真が載っているのですが、実際の録音における列びと逆になっています。写真の左右を間違えて掲載したのではないかと思ったのですが、上着のポケットの位置や前の重ね具合が普通なので、そうでもなさそうです。不思議な写真です。

上記のLPを聴いたのは、昨日、真空管アンプで聴いたLPだったからで、比較のために聴いた次第。特に気になるところのある音もせず、普通の音ですが、色彩感や存在感のようなものは欠けておらず、物足りなかったり、つまらなかったりする音でもありません。音を止めた時に、部屋の内外からの音に違和感を覚えない普通の音がします。トランジスタ・アンプでも、演奏の良さはよく表現されていますので、当分、このアンプ(PM-88aSE)を使うことにします。

今日、ステレオのチューニングと併行して行っていたのが、ラーメンのスープづくりです。5時間掛けて出来ました。イカは入れずに、豚骨、鶏ガラ、昆布、混合削り節、人参、長ネギの緑の部分、生姜、ニンニクを使いました。入れる量とタイミング、それと火加減は、今までの経験則。部屋中、いい匂いが漂っています。こんなことをしながら、かつては感受性が豊かだったらしい人が、また年を越します。

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トランジスタ・アンプ、PM-88aSEについて

マランツのプリメイン・アンプ、PM-88aSEは数年前に中古で入手したものです。特徴は、トーン・コントロールがついていないこと、バランス・コントロールを飛び越すダイレクト接続が出来ること、終段にFETを使っていること、そしてA級動作とAB級動作の切り替えが出来ることです。いろいろ切り替えてみても、そう違いはないように思いましたが、A級動作よりAB級動作の方が音がはっきりするようなので、今はAB級にして使っています。真空管アンプの時は、ボワーとした響きの中でも音の芯の部分があるように感じたのですが、その感じが少し弱いようです。真空管は静電容量を有している感じで、それがオーディオ用としては有利な独特の響きを付加しているように思うのですが、トランジスタは特性にばらつきの多い抵抗器として、回路から補正を受けながら信号増幅をしている感じがします。補正を受けて、元々あったかもしれない信号中の良いところまで消されてしまっているのではないかと、想像します。常用のスピーカー、KlipschのCornWallは、大変な高効率で、広いダイナミックレンジを持ってクリアな音がしますので、アンプの違いがよく出るように思います。

昨日から聴いているシューベルトのピアノ・ソナタ全集のCDや、若い頃よく聴いたサイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋」のLPを今朝聴きましたが、寝ぼけた頭には、少し物足りない響きでした。結局、真空管アンプに戻ってしまいそうです。SQ-38FDやKMQ-60の終段に使っている真空管はもうずうっと製造されておらず、オークションで中古が高額で取り引きされている状態ですので、いずれは別のアンプを(多分、キットで購入し製作して)使うことを計画しています。

以前使っていたアキュフェーズのE-305V(プリメイン・アンプ、終段はFET使用)は、2階の寝室でJBLのLE-8Tを鳴らすのに使っていています。広く低音から高音まで抑制の利いた感じがしていて、音の位置がはっきりします。真空管アンプのようなユニークなところはありませんが、過不足を覚えない、いいアンプだと思います。こちらの方は、組み合わせを変える予定はありません。

先ほど、スピーカーの向きを、もっと内側にしてみました。こうすると、広がりよりも奥行きが出て、音の位置がはっきりして来ます。あまりやり過ぎると、閉塞感が出て、響きも詰まらなくなります。ちょっとした調整で、スピーカーからの響きが部屋に馴染み、オーディオのことを忘れて音楽に集中出来ます。しかしこれも、スピーカーからの音に不満を覚えないこと、という条件が背景にあります。真空管アンプと違って、トランジズタ・アンプは、特別なものを持っていない分、聴き手側からスピーカーの置き方の調整してやることが必要かもしれません。今、結構よく鳴っています。

調整用にツェヒリンのCDを掛けています。最初聴いた時から音楽がすんなり入って来て、特に意識しなくても音楽に適度に集中できる感じです。とてもしっかりしたテクニックと音楽への深い理解を持ったピアニストだと思います。この様な印象を受ける演奏家として、すぐヴァイオリニストのカール・ズスケを思い出しました。慌てず騒がず、と言って地味でもなく主張もあります。スピーカーの向きを調整したら、ピアノの低音の響きが強く出る(聴こえる)ようになりました。大きなテンポの変化や強弱の変化、独特の歌い回し、あるいは充実した和音の響きのような、誰にでも特徴が分かるような演奏に比べ、微妙な音の絡み合いやバランスの変化が味わいとなっているような演奏を聴くときは、演奏会場での聴く場所や、部屋ではオーディオ装置の調整が大事だと思います。それにしても、ツェヒリンの演奏は素晴らしく、シューベルトのピアノ・ソナタを、これだけ気の緩むことなく鑑賞出来たのは初めてです。

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しばし、トランジスタ・アンプで:シューベルトのピアノソナタ(ピアノ:ツェヒリン)

時々コメントを頂いているsawyerさんのブログで紹介されたディーター・ツェヒリンという旧東独のピアニストによって、1970年代に録音されたシューベルトのピアノソナタ全集を、少しずつ聴いています。HMVの通販で今日届いたものです。CD8枚セットです。ブリュートナーというピアノを弾いていて、それがとても綺麗に響いています。録音も良好です。いいものが入手出来ました。

ところで、今朝、どうもステレオの音が少し歪みっぽいのが気になり、真空管アンプ(SQ-38FD)を調整してみましたが、少し大きい音を出すと歪みが目立つ状態が変化しません。恐らく、真空管の経年変化で両チャンネルとも終段のバランスが崩れたのではないかと思います。予備のKMQ-60を使うことも出来ますが、ここは暫く久しぶりにトランジスタ・アンプを使うことにしました。まず、使っていなかったSANSUIのAU-α607XR。明るく、低音の延びた音です。悪くはありませんが、細かい部分が出て来ず、ちょっと不満が出ます。次に、もっぱら家人が使っている小さな部屋においてあったマランツのPM-88aSEを、持って来て繋ぎました。こちらの方が、少し細かい部分も聴こえて来るので、不満を覚えません。これら二つのアンプは共に柔らかい音がしていて、その意味では真空管アンプに近いのですが、真空管アンプに比べ、音を作っている感じを意識させます。真空管アンプは素材(素子)で勝負出来ている感じがします。歪みのない音に耳が慣れると、どんな風に聴こえてくるか、ちょっと面白そうなので、しばらくこのアンプを使おうと思います。

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ブーレーズ指揮のワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」

01 昨日から、LDでブーレーズ指揮のワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」を聴いています(1980年の演奏)。但し、とてもこれだけの作品について、隅々まで意識して聴くパワーを持ち合わせていないので、ずうっと座って聴いているわけではなく、飛びとびで聴いています。従って、ハイライトで聴いているようなものです。「ラインの黄金」、「ワルキューレ」と聴いて、今は「ジークフリート」の最初のところ。

LDですから画面を見るのも面白いのですが、何せ凄くエネルギッシュな歌唱が続きますので、音の方へ意識が行きます。オケは、響きがと言うより、演奏そものものがクリアな印象があります。このような演奏も好きです。改めて画面を見ると、服装やヘア・スタイル等から、何だかイタリア・オペラを観ているみたいな気分になって来ます。歌っている人達は、そんなことに関係なく、音楽に没頭しているように思えますが、バイロイトを長年観て来た人達には、演出の意図するところにも気が行くことだろうと想像します。音楽という抽象化されたものと、舞台という現実のものから受ける印象のズレは、最近よくイタリア・オペラのTV放送を観て感ずるところですが、ブーレーズのものからは、もうこちらも慣れて来たせいか、あまり強い違和感は覚えません。あるいは、単に私が鈍いのかもしれません。演出のことに関心が行く前に、グィネス・ジョーンズやペーター・ホフマンが歌っているのを聴き、やはりこの当時、華のあった人達だったと思い、変に懐かしい気持ちになりました。

”華”や”盛り”というのは普通の仕事の場合にも感ずるもので、今、高齢者の就労について話題が多いですが、やはり現実問題として、ピークを過ぎて下り坂にある人が働くことについては、考えることが多いと思います。去年出来ていたことが今年は出来なくなる、気持ちと身体のアンバランスに気づく、日々ちょっとしたパターン認識に誤りが多い(見間違い、聞き間違い、言い間違い)、等々。今、自分自身のことに目をやると共に、職場の先輩達のことに思いを寄せると、考えることが多いです。若い人の育成と共に、年輩者の就労についても、よく対応を考えておく時と思います。

ワーグナーの「リング」は、ブーレーズのLDの他に、LPやCDで8種類持っています。その中で一番よく聴いて来たのが、ハイティンク指揮のものです。理由は、聴いていて疲れず、適度に集中を保ったまま、聴き続けることが出来るからです。カラヤン指揮のものも、響きが綺麗で、聴き続けやすいと感じています。このような聴き方は適切ではないでしょうが、趣味のことで無理はしたくないので、とにかくマイペースで行くことにしています。

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DV-610AV、さらにその後

DSD信号をどのようにPCM信号に変換するのだろうと考えていて、よくわからなかったのでインターネット検索したところ、面白い情報が見つかりました。とにかく、DSD信号をPCM信号にするICチップが安価で出ていることが分かりました。そして、さらに次のサイトで、とても貴重な情報を得ることが出来ました。

http://www38.tok2.com/home/shigaarch/OldBBS/19SACD.html

DSD信号をアナログ出力する際に、50kHz以上の成分が機器等に悪影響を与える恐れがあるため、デジタルフィルターで50kHz以上を減衰させる方法を取っていることが多いと思います。このデジタルフィルターの使用の有無が再生音に影響を与えることは、その理屈はともかく、実際に経験することです。DSD信号をPCM信号にした後にアナログ信号にする場合には、デジタルフィルターを使うことなく、44kHz以上がカットされます。つまり、DSD信号をPCM信号にした後にアナログ信号に変換する方法の場合、DSD信号本来のストレートな変換ではないものの、デジタルフィルターを使用するデメリットは回避できます。しかも、PCM信号のアナログ変換の方が、音作りしやすいとも言われています。メーカー側から見れば、DSD信号専用のD/Aコンバータを別途使うことなく、さらにデジタルフィルターを使用する必要もなくなる訳ですので、DVD信号をいったんPCM信号にしてD/A変換することに、コスト上のメリットがあります。実に、いいアイデアだと思います。一方、こう考えて行くと、DVDオーディオは、良い音を出すのに適した実際的な方式のように思えて来ます。とにかく、このプレーヤーは安価ながら多くの機能を備えており、アイデアの塊のようなプレーヤーではないかと思います。

一概にDSD信号をPCM信号にした後にアナログ信号に変換する方式が、DSD専用のD/Aコンバータを使った場合に比べ音質上劣るとは限らないらしい、と思えて来た訳ですが、では実際の音はどうか? 我が家ではCDもよく鳴っているので、CDとの差は微妙ですが、太い低音の延びや録音会場の空気の流れを感ずるようなSACDの特徴は出ています。SA8260を使った時は、もう少し透明感があったように思うのですが、その時とアンプが違うので、これも一概に差を付けられないところです。

Photo 木村大(きむら だい)のギターをSACD「THE CADENZA 17」で聴いていますが、弦を弾く音がギターの胴に共鳴している感じがよく出ています。音色はちゅっと枯れた感じで渋めに聴こえます。これが元もとの音なのかは分かりませんが、こういう音のギターがあっても不思議ではないものの、ステージでは映えないように思います。木村大のもう1枚「駿馬」のSACDを聴くと、こちらの方は明るい音になっています。写真では判然とはしないのですが、同じギターではないかと思うので、録音の仕方の差のように思います(弦の違いでも音色が変わりますが、プロともなれば、ギターに一番合った種類の弦を探して、同種の弦を定期的に新しいものに交換しながら使用し続けるでしょうから、弦の影響はないと想像)。前者は、かなりギターに近いマイクで録っているようですが、後者は少し離れて録っているようで弦を弾く音と胴の共鳴が一体、と言うより胴の音がもっぱら聴こえて来ます。また、前者は最初から最後までDSD、後者はオリジナルの録音はDSDではないデジタル録音です。それにしても、木村大は素晴らしいギタリストです。恐ろしくよく動く指を持っていて抜群のテクニックですが、ギタリストにありがちな早弾きの癖が目立たず、情感をたっぷり出して弾いています。

追記:先に、morzart1889さんのコメントへの返信に、DV-800AVはDSD専用のD/Aコンバータが付いていると書きましたが、専用ではなく、PCM信号用にも使うものでした。誤った記述で、失礼致しました。それと、このコンバータがDSD信号を途中PCMに変換することなくアナログ出力しているのかどうかも、よく分かりません。どうも、一旦PCM信号にしているように思うのですが。

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DV-610AV、その後

仕様には書かれていないのですが、インターネットで検索して調べてみると、やはりDV-610AVはDVD専用のD/Aコンバータは使っておらず、88.2kHzのPCM信号に変換してから、PCM用のD/Aコンバータでアナログ変換しているとのこと。つまり、DVDオーディオを聴いているようなものです。せっかくのDSD信号が勿体ないと思います。さて、音に色彩感が乏しい感じなので、ディスク・スタビライザーを外してみました。奥行き感が減りCDっぽくなりましたが、高音が賑やかになり、バランス上はこの方が好みです。しばらく、ディスク・スタビライザーなしで使ってみようと思います。この時、試聴に使ったのがマレイ・ペライヤのピアノと指揮、ヨーロッパ室内管弦楽団によるモーツァルトのピアノ協奏曲第21番のSACDです。ペライアのピアノも、デリケートな感触で響いています。

オーディオ装置をいじる時は、とにかく理屈抜きで自分の好みになるようチューニングします。プレーヤー等とアンプの接続コードも、プラグに金メッキを施したものは、音の角がとれたような感じになってしまい、それが気になるので、少し音に角が出て、時にぎらぎらした感じになりますが、金メッキなしのものを使っている場合もあります。但し、装置によっては特に変化のない場合があって、金メッキしたものを使っているのもあります。ある時、コードをいろいろ交換して音の変化を確認しながら一番気に入る状態にしようと、僅かな変化を”確認”しながら試していた時、実は別のラインのコードを交換していたことに気づきました。音が変化する訳はないのに、”確認”していた自分は一体何だっただろうと唖然としました。それほど、”思いこみ”の影響が強いことが分かった次第。ですから、上記のD/Aコンバータの件も、出ている音に不満がなければ良しとしようと思っています。

24日の夜は、ビーチャム指揮、ヘンデル「メサイア」のCDを聴きました。眠かったので、1枚目だけ聴きました。久しぶりに聴きましたが、とっても堂々とした演奏で、ジョン・ヴィッカースのテノールも太く響く立派な歌唱でした。私は大抵のものは楽しめてしまうのです。しかしながら、実は家人はバッハの「クリスマス・オラトリオ」を聴きたいと言っていたので、最初はそのCDを掛けていたのですが、どうもピンと来ず、「メサイア」にしました。その時の”気分”にも忠実なのです。

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SACDプレーヤー不調、そして・・・:キーシンの「皇帝」を聴きながら

SACDは、日本マランツのSA8260とSA8400で聴いて来ましたが、今ひとつ作動が不安定でした。特に最近は、SA8400はSACD/CDのハイブリッド盤の認識が出来ず、エラー表示が出るようになりました。CDをかけても、音が歪んでいる感じがします。遂に堪らず、SACDプレーヤーを修理に出すか、あるいは買い直すことにしました。調べてみると、DVDビデオ再生用のプレーヤーで、DVDオーディオとSACDも再生できるものが1万数千円で売られており、早速注文しました。パイオニアのDV-610AV、昨晩届きました。随分とコンパクトで軽いのに驚きました。SACD認識等の反応は良好です。音質は、少し薄い感じで、透明感も今ひとつの様な感じがします。しかし、ケースの上に重しを乗せ、緑色のプラスティック・シート製ディスク・スタビライザーを乗せて使うことで、かなり良くなりました。今のところ、快適に作動しています。

01 エフゲニー・キーシンのピアノで、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」を聴きました。1997年にレヴァイン指揮フィルーモニア管弦楽団と録音したSACD、それと丁度02 10年後の2007年にコリン・デイヴィス指揮ロンドン交響楽団と録音したCDです。久しぶりに聴いた前者のSACDは、さすがにいい音がします。この録音は、店に行った時にCDが流れていて、あまりに綺麗なので思わず買ってしまい、後にSACDで出たときに買い直したものです。よく聴くと、少し弦の数が少ないように聴こえたり、低音の延びがあまり感じられなかったりしたので、アンプとの接続を、短いコードに換える等したところ、まだ音の厚みは希薄ですが、だいぶ良くなりました。機器の使いこなしは必要ですね。後者(2007年録音)のCDも、結構いい録音です。録音データには何も書かれていませんが、元々の録音はSACD用のDSD録音ではないかと思うほど、録音会場の雰囲気(音場)の中で音がくっきりと聴こえて来ます。SACD再生に関しては、高級感を覚えるような低音が延びた(いわゆる)ピラミッド型ではなく、すっきりした音がします。このあたりは、このプレーヤーがDSD専用のD/Aコンバータではなく一旦PCM信号に変換してPCM用のD/Aコンバータを使用しているらしいので、その関係もあるのかなと思います。SACDの特徴である”空気感”や奥行き感も、あまり感じられません。でも、ケースの上の重しの量で、高音低音のバランスについては少し調整が出来そうです。とにかく作動が安定しています。信号をなぞるサーボの力が強いと音がつまらなくなる、と言うことを聞いたことがありますが、このプレーヤは細かい響きもそこそこに聴こえる感じで、そう不満は感じません。同軸系と光系のデジタル出力も備えており、よくぞこの値段で作ったものと感心します。

さて、キーシンの二つの「皇帝」の演奏録音は、それぞれ特徴があります。1997年録音は、オーケストラ共々堂々としていて、輝くような響きがあります。一方、2007年録音は、デリケートな面が強く出た演奏になっています。これは、オーケストラの方にも言えることで、第2楽章など両者相俟ってまるでショパンの曲のように聴こえて来ます。それにしても、この時代にあって、キーシンは希望の星というか、我々と共に生きる貴重な音楽家であると思います。

追記:夕方、「もしや」と思って、電源コンセントを差し替えて極性をかえてみたところ、SACD再生音に奥行きと低音の延びが出て、かなりSACDらしい音になりました。スピーカーのある側の壁の周りに音場が前後左右に広がって出来ました。CDの方も同様の変化が出ました。安っぽく聴こえていたティンパニの音も、気にならない響きになりました。このプレーヤー、なかなかのものと思います。

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オイゲン・ヨッフム、バッハ「ミサ曲ロ短調」他

オイゲン・ヨッフムという指揮者は、モーツァルトのオペラ「後宮からの誘惑」でメルヘンっぽいチャーミングな演奏を聴かせるかと思えば、宗教曲をよく聴かせる演奏もする、今思えばちょっと不思議な指揮者だったように思います。あるいは、共に演奏家の純粋な気持ちが為せる演奏だったのかもしれません。

02_2 バッハの「マタイ受難曲」と「ヨハネ受難曲」では、私は後者の演奏が特に印象に残ります。コンセルトヘボウの出だしの分厚い弦の響きに耳をそばだててから、この長い曲を一気に聴き通してしまえるような力を覚えます。もっとも、「マタイ受難曲」の方は個別のアリア等で印象に残るものがあるので、私の場合一気に聴き通すということが少ないのですが。

01_2 「ミサ曲ロ短調」(オケはバイエルン放送交響楽団)も、深い祈りを覚えるいい演奏だと思います。それほど良い録音ではないのですが、いつ聴いても自然に音楽に集中できる響きがあります。ロリン・マゼールのちょっと刺激的な演奏と共に、この曲を聴くときによく引っぱり出すLPです。以上のバッハの代表的宗教曲においては、リヒターの指揮したものは、私には響きが強すぎて、あまり繰り返し聴いてはいません。もちろん、立派な素晴らしい演奏であることには違いありませんが。蛇足ですが、リヒターの指揮した演奏録音で気に入っているのは、モーツァルトのフルート協奏曲第1番や第2番です。フルートはオーレル・ニコレ。曲の魅力が過不足なく表現されていると思います。

ヨッフム指揮のブルックナーの「テ・デウム」の演奏もとても印象に残る素晴らしい演奏だと思います。アイヒホルン指揮によるブルックナーの交響曲第9番の第4楽章(復元版)のCDを聴いた後に、「テ・デウム」を聴くと、繰り返される同じ音型が出てくるので、違和感なく宗教音楽の方に入って行きます。もともとブルックナーの交響曲は宗教曲っぽいところがありますが、特に第9番は、宗教曲への架け橋のようなものだったのかもしれません。それにしても、第4楽章(復元版)を聴いて以来、ブルックナーを聴くことが随分少なくなってしまいました。他の曲の印象が弱くなるほど、それほど、この復元された楽章は強烈な印象を私にもたらせました。

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近況その後

同僚の急死に伴い管理職を兼務することになったため、忙しいんだか、それほどでもないんだか、よく分からない日々が続いています。とにかく、通勤及び体力の関係で遅い時間まで働ける状況ではないので、延ばせる仕事は、後回しにして帰って来ます。それでも、家で寸暇を惜しんでパソコンをいじったり、音楽を聴いたりしているのが、私らしいところです。こんなことをしているので、今夜もどうやら居間のソファーは家人に先を越されて占領され、家の中のどこかで寝る羽目になりそうです。

今、モーツァルトのピアノ三重奏曲のCDを聴いています。第1番から第6番まであります。演奏は、カール・ズスケ(Vn)、ワルター・オルベルツ(pf)、マティアス・ブフェンダー(Vc)です。ドイツ・シャルプラッテン、1988年、1989年録音です。このCDは、何か聴きたいけど特にこれをと思い出せない時に、よく聴くCDです。久しぶりに聴いていますが、やはり素敵な音楽です。結構快活な楽想が多いのですが、気持ちが落ち着いて来ます。ピアノが主役のように思います。なるほど、”ピアノ”三重奏曲な訳です。

昨晩、PC用のグラフィックボードが届き、早速使ってみたところ、ブルーレイディスクが大変快適に再生されるようになりました。PCにブルーレイディスク用の外付けディスクドライブをつないでいるのですが、安定して動くソフトウェアや、今回のような環境づくりが必要で、いささか出費が嵩みますが、趣味心には適度の刺激になっています。PCの方の環境も整い、TV側のD端子不足も、D端子用の延長ケーブルを入手して手元で簡単に差し替え出来るようにしたので、やっとハイビジョンで遊ぶのに不足がなくなりました。

そうこうしているうちに、CDが終わってしまいました。さて、後1週間でクリスマスです。クリスマス・ソングを聴くのに、一番いいタイミングです。今夜はクリスマス・ソングを聴きながら寝ることにし、明日また、ちょっと仕事で頑張ってみようと思います。

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近況

この時期、一番楽しみに聴くのは普通のクリスマス・ソングです。ビング・クロスビーの歌う”ホワイト・クリスマス”とか。電車の中でポータブルCDプレーヤーとノイズ・キャンセラー付きのイヤフォンで聴いていると、何ともいい気持ちです。

止せばいいのに、又またDVDレコーダーを入手してしまいました。これで、我が家には3台のDVDレコーダーがあることになります。1台目は、アナログ放送用で、とにかく記録をとることが目的で中古で買ったもの。使いやすい上に、何とDVDオーディオの再生も出きるものです。2台目は、デジタル放送用で、ビデオムービーの編集機能の高いものですが、基本的にハイビジョンのデータを外部に機器やディスクに移せません。今回入手した3台目は、ブルーレイ・ディスクやDVDを使ってハイビジョンのデータを外部の機器やディスクとやりとり出きるものです。これらの他に、ハイビジョン・ビデオムービーの編集用に今夏に入手した新PCが手元にあります。

以上、私には結構な出費でした。こうなった背景には、いろいろやってみたい処理を行うには各機器の機能が個々には十分ではなかったことや、機器間のハイビジョン・データ処理に関する規格が共通になっていなかったことがあります。特に後者の、いわゆる”標準”が現在も、まだ十分には整備されていないと思います。しかし、以上のような懸念は残るものの、約2時間のハイビジョン画像データを圧縮してDVD1枚に入れたものを見ても、オリジナルと比べてあまり違和感を覚えないほど、確かに技術が進んでいると思います。

最近、ラーメンづくりを、あまりしていませんでしたが、ひょんなことから行いました。先週、熱が出たため、1日休んで家にいました。当初食事も出来ないほどでしたが、夕方少し具合がよくなって来た頃に、ラーメンを作って食べました。以前イカも使って作ったスープを冷凍しておいたので、それを使った醤油ラーメンです。久しぶりに使ったスープだったので、あれ?と思うほど美味しく感じました。

このところ、LDでオペラを観ています。その中で一番印象に残っているのは、カール・ベーム指揮のR・シュトラウス「エレクトラ」です。何とも”おどろおどろ”していて理解し辛く、改めて体調を整えて聴き直そうと思う次第。なお、クリスマスの後には、手元にあるワーグナーの「リング」のLDを観る予定です。指揮は、ブーレーズです。

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