2009年になりました・・・
昨晩次男が来て、今日10時頃帰って行きました。長男は体調不良で来られず、今朝電話で新年の挨拶を交わしました。札幌にいる母にも電話で挨拶し、今年の健康を祈りました。我が家ではこのようなことでもなければ、特に新年を迎えても普段と変わりありません。
次男は、今年は某音楽大学大学院の2年目になります。親としては、次の年にはどこかに就職をと願うのですが、本人にはあまりその気はなさそうです。1年毎、目標を持って努力するよう言うだけです。長男にはそろそろ結婚をと考えているのですが、そう簡単には行きそうにありません。紹介する場合、当人同士の気持ちの問題に加えて、現実問題として働く場所の問題があります。日本が転職しやすい環境であれば、どちらかの転勤に伴って、もう一人が転職して一緒に暮らせるのでしょうが、いわゆる正社員の場合はなかなかそうは行かないの現実です。働きながらの子育ての問題もありませす。
若い働き手が乏しくなって来ている中で、このところの景気後退の影響で新人採用が見送られていることは、不思議でもあり、残念でもあります。かく言う我が職場では、トップが学卒採用よりも即戦力を図るため中途採用を重視したい旨の意思表示をしています。どうもこのところの若手育成失敗の経験が、その様な発言をさせているようですが、計画性を感じさせる説明の上での発言が欲しかったと思う次第。即戦力になる人が周りに見あたらないという現実もあるので、何ともはやです。どんどん年寄り職場になって行きます(若い人が来る来ないに関わらず、60才前後の人がモチベーションをもち続けてまだ働き続けることを前提にしなければ、我が職場が成り立たないことも事実です)。給料はそこそこでも、食べて行くのに不自由しない状況に日本はなっていますので(但し、今話題になっている期間契約社員の解雇の問題等、地域や業種による差はあります。)、男女とも結婚後も自分らしさを保って働ける就業環境が大事なのではないかと思います。本当は、ゆとり教育ではなく、ゆとり仕事の方を志向するのが、よかったのではないでしょうか。どうも、自分らしさを基礎とした”ゆとり”でなければ、”向上”にはつながらない様です。私がこんな風なので、息子達もマイペースなのでしょう。しかし、見た目には当人達は”ゆとり”どころではなさそうです。マイペースであれ、生きて行くのは何かと大変なのですね。でもまあ、生きていること自体奇跡のようなものなので、一日一日を大事にしたいですね。
さて、”ハルくん”さんのブログ(http://harucla.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/op61-82ae.html)でベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の演奏録音を取り上げておられたので、自分がこの曲を聴きたくなったときに取り出して来たものを思い出すことにしました。最初に買ったオイストラフとクリュイタンスによるLP、抜群の安定感、自分には当たり前過ぎる演奏で、かえって最近聴いていません。クライスラーの古い演奏録音も、ヴァイオリンの歌い回しが魅力的でした。クレンペラーのバックで、語るような演奏をしたメニューインの演奏は、聴き応えのあるものでした。私は、決してこの人のテクニックには不安を感じないのですが、さすがにケンプのピアノで晩年に録音したベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタは、聴いていてキツイものがあり、ケンプのピアノだけになった部分で、ほっとしたものです。私の大好きなヴァイオリニスト、ミルシテインはラ
インスドルフのバックで1961年に録音しています。相変わらずいい音色で素晴らしく切れ味の良いヴァイオリンです。ラインスドルフの指揮は、ちょっとしたリズムの処理や強弱の付け方にこの人らしさが現れているようですが(この指揮者のメンデルスゾーンがあまりにも素晴らしく、贔屓目(耳?)で聴いています)、この曲では伴奏に徹してしまったように聴こえます。尚、このCDにはブラームスのものも入っていますが、こちらはフィストラーリが指揮していて、ヴァイオリンの演奏と一体になって表現している感の強い、とても雰囲気のある演奏になっています。
追記:自分の場合、演奏録音から受ける印象が、時と共に変わることを経験しているので、演奏について書く場合にはLPやCDを引っぱり出して確認することが多いのですが、メニューインとクレンペラーのCDが見つからず、上に記憶をもとに書きました。2度目に探して、やっと見つけました。駄目ですねェー、全然脈絡のない並べ方になっているところにポツンと置いてありました。大抵は、作曲者、演奏者、レーベル等、何らかの共通点のあるところに置くようにしているのですが。オケは出だしから、すぐそれと分かる立派な演奏を繰り広げています。フレーズに合わせて動くテンポの設定具合がそう感じさせるのでしょうか。こんなバックの中で、メニューインは、一つ一つの音に意味を持たせるかのような演奏をしています。いつまでも聴き続けていたい...そんな貴重な時間が持てる特別な演奏になっています。演奏が終わった時、大喝采の拍手の音が入っていないのが、不自然に感ずるほどです(スタジオ録音ですので、無理ですけど)。録音ですので、また聴くことが出来る有り難さを覚えます。これ、企画した人、録音した人に本当に感謝します。
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コメント
HABABIさん、
あけましておめでとうございます。
あれっ、拙ブログの紹介をして頂いたのですね!ありがとうございます。
>演奏録音から受ける印象が、時と共に変わることを経験している
おっしゃられる通りですね。すっかり変わってしまうものも多々有ります。逆にいつまでも変わらないものも有りますけれど。
メニューインは昔、フルトヴェングラーとの演奏を東芝の擬似ステレオLP盤で聴いたので良い印象が残っていません。改めて聴いてみたい気がします。
それでは本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
投稿: ハルくん | 2009年1月 2日 (金) 10時12分
ハルくんさん、明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の演奏録音も、いつの間にか沢山手元に溜まり、特別な印象も持たないまま、そのままになっているものが大半です。でも、いつかその中から、再発見するものがあるのではないかと思っています。
フルトヴェングラーのバックでは、メニューインは引きづらそうにしているように聴こえます。フレーズの途中や終わりのところを、ちょっと無理して引っ張って重たいオケに合わせている感じがあります。鬱憤を晴らすかのように、メニューインはカデンツァで、一気にノビノビと超絶技巧を聴かせています。私は、あまりいいフルトヴェングラーの聴き手ではないので、どうもメニューインに肩入れしがちです。メニューインもかなり強い主張を感じさせる演奏をするので、好き嫌いが出るかもしれませんね。
投稿: HABABI | 2009年1月 2日 (金) 13時53分