誕生日:C,S,N&Y「デジャブ・ライブ」

今日は誕生日でした、私の。父が亡くなった時の年齢を超えました。心臓の病気で入院していた父が発作を起こしたその夜、急いで病院に行った時、蘇生しようと数名の方々が努力していた最中でした。付き添っていた母と共に、その様子を祈りながら見ていました。私が、大学4年を終えて大学院に入る3月の終わりの日でした。父の写真は、今も窓の手前に飾ってあります。そばには、今年亡くなった義父の写真と、義父の母君、それと少し後ろに、義父が飼っていた”サブ”という名の犬の写真があります。この地で死にました。皆、写真になってしまいました。

先の金曜日に、久しぶりに銀座のH・・でCDを買いました。クロスビー、スティルス、ナッシュ、ヤングが集まって2006年に行ったコンサートの録音です。ナッシュは特徴のある高い声がもうだいぶ前から出なくなっていますが、声を小さくして何とか少し高い音を出しています。クロスビーは、意外なほど若い声を出していて、相変わらず歌が上手です。ヤングは元気! どうもこのコンサートはヤングの企画のようです。一番変わったのはスティルスです。もうだいぶ以前から低い方の声しか出なくなっていますが、ギターのスーパーテクニックも聴かれなくなっています。でも、独特の響きを聴かせるところもあり、この録音中の白眉ともいえるWooden Shipsでは、かなり盛り上がっています。変わったのは、演奏だけではありません。スティルスは以前から太り始めていたのですが、CD付属の小冊子の写真では、クロスビー以上に太って写っています。27年前にナッシュビルで、CSNのコンサートとYのソロ・コンサートに行った時のことを今でもよく覚えています。彼らに変化があったということは、私にも変化があったということでしょう。何年も前から自分の写真は出来るだけ撮らないようにしていますが、毎日周りの人達には見られている訳で...

1週間後にはジュネーブに1週間ほど出張することになっています。多分、これがジュネーブへの最後の出張となるでしょう。仕事で、この12年の間、ほとんど毎年1~2回行っていました。見慣れた街並みや、よく行ったレストランに”バイバイ”をかねて後任の人を連れて行こうと思っています。

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朝の電車・夜の電車:久しぶりのブラームスの交響曲第4番

通勤で片道1時間以上電車に乗っています。大抵は最初から座ることが出来ます。最近は、朝にコーヒーを飲まず、確信犯で居眠りをしています。起きている時は新聞を読んだり、英語の勉強をしたり。しかし、時々不愉快なことがあります。「お喋り」です。特に、朝は静かにして欲しいものですが、ずうっと二人で話し続けている連中がいます。毎回です。昨日の朝は、その片割れが私の前に座ったので、すぐに席を変えました。今朝は最初から車両を変えました。だんだん堪え性が無くなって来た気がします。

帰りの電車の中でも、よく寝ます。今日は、何度か隣の人に寄り掛かったみたいで、突いて起こされました。自分もしっかり”迷惑人間”をやっています。

さて、先日秋葉原に行って、12AU7という真空管を買って来ました。今は、ECC82という名称になっていますが。2階にあるプリアンプに使ったところ、透明感を持ちながら低音から高音までのバランスが良くなったように思います。スロヴァキア製の真空管です。この装置で、本当に久しぶりにブラームスの交響曲第4番を聴きました。演奏はカイルベルト指揮、ハンブルク国立フィルハーモニー管弦楽団、LPです。第4楽章から、説得力とでもいうような強い印象を受けます。ちょっと苦手な楽章だったのですが、好きになりそうです。真空管とオルトフォンのカートリッジ2Mredのお蔭で、いい時間が持てました。居眠りしませんでした。

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バルトーク「弦楽四重奏曲第1番」:バルトーク弦楽四重奏団の最初の演奏録音で

最近休日に、車で10分ほどの所にあるラーメン屋によく行きます。鶏がらや豚骨でスープを作ったりはせず、チャーシューを作った醤油をタレとして、そこに麺のゆで汁をそのまま丼に入れるだけ(と思います)。これが意外と美味しいのです。もちろん、手間が掛かっていないので、値段も手ごろです。どんな醤油を使っているのかな、と思いながら食べていますが、我が家で使っているような溜り醤油ではなさそうです。独特の甘味というか、旨味があります。

8日(木)、台風が来た日に、家でラーメンのタレを作りました。醤油は、大手スーパーのプライベート・ブランドの安いものですが、普段刺身等に使っていて、美味しいと思っていたものです。ばら肉を、昆布、人参、生姜、ニンニク、長ネギ(青い部分)、それと玉葱を少し多めに使って、チャーシューを作った後に鍋に残った醤油がタレになります。このタレを使ったラーメンが案外と美味しく、どうもあの甘味は玉葱から出たもののように思いました。一つ気付いたのは、この醤油はアルコールを使っていないことです。それが何か影響しているのかもしれません。時間があると、こんな他愛もないことをしていますが、お蔭で包丁の使い方が上手くなったように思います。包丁の研ぎ方も、要領が少し分かって来たように思います。

さて、今日聴いたのは、バルトークの弦楽四重奏曲第1番です。バルトーク弦楽四重奏団の最初の演奏録音で聴きました。LPです。メロディやリズムが毅然としていて明瞭で、それでいて祈りを連想するフレーズもあります。この演奏は、血の温もりを感ずる、というような印象があり、とにかく好きで今まで何度も繰り返して聴いて来ました。私にとっては、この曲の代表盤です。

ジュリアード弦楽四重奏団のLPも聴いてみました。これも古いLPです。少し細身の響きで、しがらみのない、すっきりした演奏という個性を覚えます。繰り返し聴くと、「これもいいかな」と思ってしまいます。

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バグス・グループ:今日もアナログの音が好調です

2階の部屋ではエレキットのプリアンプを使っているのですが、時々左チャンネルから音が出なくなります。スイッチを入れなおしたりすると再び音が出て、その後は大抵は症状は出なくなるのですが、どうもいけません。そこで、数日前に真空管の1本を、ちょっと種類の違うもの(12AU7→12AX7)に替えたところ、今まで症状は出ていません。音も、よりクリヤーになったように思います。この状態で、昨晩、オルトフォンのカートリッジ、2Mredを使って”マイルス・デイビス/バグス・グループ・デラックス”のLPを聴いたところ、古いモノラル録音ながら、とても明瞭に、しかも立体的な感じで響いて来ました。あまりにいい音だったので、繰り返し聴いていたところ、家人が入って来て、「うるさい」と言って有無を言わせず、スイッチを切って行きました。することが無くなったので、そのまま寝て、今朝早く、とてもいい気持ちで目が覚めました。

2Mredというカートリッジは、針圧調整やヘッドシェルの重量に敏感ですが、うまく調整出きると、とてもいい音を出します。値段も安いので、今後長く重宝するように思います。

2009年10月10日

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誰が演奏しているか、私には”絶対”当てられない演奏録音

今日、中古で見つけたブラームスの交響曲第1番の古いLPが届きました。1956~7年頃に録音したモノラル録音です。聴き始めてびっくりしました。悲痛なまでの極めて高い緊迫感を持って序奏が進み、ずうっとその緊張感を保ったまま、第1楽章が終わります。第2楽章の後、第3楽章でも同様の緊張感が現れ、そして再び序奏から始まる終楽章では、まるで曲全体がドイツオペラの一部ででもあるかのような深い響きを聴かせ、例の「歓喜の歌」似のところでも、決して急ぐことなく深い響きを維持しています。ところどころにデフォルメされた演出も顔を出しますが、決して嫌味には感じません...さて、指揮者は誰で、オケはどこでしょう?

全く予想していなかった演奏でした。マルケヴィッチがシンフォニー・オブ・ジ・エアを指揮したものです。久しぶりに、目の覚めるような演奏録音に出会いました。

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「ラズモフスキー第3番」ブダペスト弦楽四重奏団

遂に職場の人に新型インフルエンザに罹った人が出ました。同じ職場の他の人に症状の表れた人はいませんが、念のためマスクをしたり、会合への参加を見合わせたり、拡大防止処置をとりました。我が家では、家人が学校の教員なので、万一私達を経由して子ども達が感染することがないよう、家で家人とは顔を合わせないようにし、食事も別にする等のことを行っています。その結果、私は2階の部屋で閉じ籠って、もっぱら音楽やラジオ放送を聴いています。

他の人のブログで、メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」をネヴィル・マリナーが指揮している演奏録音を紹介しているのを読み、そのLPが我が家にもあるので聴いてみました。ん~、やっぱりラインスドルフのものが私にはピッタリくることを、再確認することになった次第。

Photo_2 その後、久しぶりにベートーヴェンの弦楽四重奏曲第9番「ラズモフスキー第3番」をブダペスト弦楽四重奏団のステレオ録音で聴きました。音程が怪しかったり、ちょっとバタつくところはありますが、楽器間のバランスや、間の取り方、気合いの入れ具合など、私には如何にもこの曲を聴いたという充実感をもたらせてくれる演奏で、最初に聴きたくなるものです。私がまだ20才代の時に、初めてこの曲と演奏を彼らのこのLPで聴きました。その時は、芸達者なおじさん達が集まった味のある演奏、という印象をもったものです。今聴いてもその印象は変わりませんが、ただ、私は彼らをおじさん達とは言えない年齢になっています。最近、スピーカーケーブルやカートリッジを替えたせいか、衰え始めた私の耳にも四つの楽器がそれぞれよく聴こえてきました。ブダペスト弦楽四重奏団のステレオ録音のLPでベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲を持っているので、いつか聴いてみたくなりました。それも、繰り返して。そう遠くない将来、そんな贅沢な時間を持てそうに思います。

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イーゴル・マルケヴィッチを聴いて

先ほど、ちょっと強い地震がありました。アマチュア無線用のアンテナが大丈夫かベランダに出て見上げてみましたが、グラスファイバーのポールにとっては”柳に風”で、まったく何事もなかったかのように、ほとんど動いていませんでした。

さて、最近ようやく音楽に対する感覚が戻って来ました。春からいろいろ有ったせいか、あるいは7年ぶりに頻繁にアマチュア無線の交信を行う様になったせいか、音楽を聴いてもあまり心が動かず、歩いている時などに頭の中で音楽が鳴っているという感触を持つこともなく、また、地元の駅の通路に飾ってある生け花を見ても、以前の様に表現されているものを感ずるということが暫くありませんでした。先日札幌に行った時以来、イーゴル・マルケヴィッチの指揮した演奏録音を聴くようになり、久しぶりに音楽に集中出来るようになりました。ベートーヴェン、チャイコフスキー、モーツァルト、どれを聴いても、この指揮者らしい命の通ったフレージングが聴こえて来て、自分の中にも生気が沸いてくる感じがします。

明日は、仕事でちょっと忙しくなりそうです。水曜日からお盆休みに入ります。

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マルケヴィッチ:札幌で見つけた中古LP

昨日、オーディオケーブル用の部品を買うために久しぶりに秋葉原に行き、部品購入後、”鳥万”という焼き鳥屋に寄りました。ここの焼き鳥は、焼き具安がとてもよく、しかも比較的安価なので、秋葉原でいろいろ見た後に気持ちを落ち着かせるのに都合のよいところです。

今日は、ベートーヴェンの第9交響曲の中古LPが届きました。マルケヴィッチ指揮、ラムルー交響楽団の演奏録音です。先日札幌に行った際に、狸小路に出来ていた中古CD/LP屋で、5枚単位で300円という箱の中にあったマルケヴィッチ指揮、ラムルー交響楽団の「幻想交響曲」をその1枚に選んで持って来たのですが、この演奏が気に入り、マルケヴィッチの他の録音も聴いてみたくなり、ネットで見つけたのが第9です。第1楽章など、焦燥感のようなものを感じさせる独特の節回しがあるように思います。以前から持っていた「春の祭典」でも、各楽器の奏でる旋律にユニークなものを覚えることがあります。リズムの刻みには、冴えた印象があります。モーツァルトの「戴冠ミサ」では、劇的な印象がありますが、全体がとても締まった演奏になっているので、スケールが大きいというような印象はあまり受けません。ハスキルと録音したモーツァルトのピアノ協奏曲第20番、第24番は明暗を深く表出している言うまでもない名演奏です。同じ組み合わせのベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番も素晴らしい演奏だと思うのですが、どうも第1楽章の第1主題の旋律が苦手なので、これはあまり聴きません。

さて、前回、札幌のラーメンのことを書きましたが、少しその続きを...通っていた高校の近くに”満腹屋”というラーメン屋がありました。味は、よくある塩っ辛い醤油味ですが、学割でとても安く、大盛りを頼むと、大きな丼に二玉入れて来ます。その丼の形・大きさからその大盛りラーメンのことを「洗面器」と呼んでいました。やはり高校の近くに”金太郎”というラーメン屋があり、独特の旨みのある醤油ラーメンを出していました。クラブ活動の後などに、仲間と時々行きました。若い時に食べたラーメンの味の記憶が残っていて、時々思い出しますが、自分では到底再現出来ません。

小学生の最初の頃(あるいはその前)、家族と小樽に行った時に食べたラーメンが薄い醤油や塩味のもので、それなりに美味しかった記憶があるのですが、今思えば、自分が初めて食べた魚介系スープのラーメンだったように思います。ちなみに、前回書いた”満州軒”は、いわゆる旭川ラーメンの系統ということになるでしょう。

室蘭に住んでいた時には、”なかよし”というやはり旨味のある醤油味のラーメンを出す店や、”大王”という店に行きました。”なかよし”の系列店は東京にも二か所あったのですが、揃って店を閉めてしまいました。室蘭の方の店は今もあります。”大王”の方は、今も同じ名の店があります。

今住んでいるところは房総半島の東京湾側です。こちらでは竹岡ラーメン系統の店があり、”富士屋ラーメン”や”ワンちゃん”という店に、家人と一緒に時々行きます。九州ラーメンの系統の豚骨ラーメンのおいしい”友理”や”HANABI”といった店もあります。他にも、最近見つけた国道沿いの店で”東京豚骨拉麺 ばんから”というところもあります。

味噌ラーメンの方は、前回書いた”熊さん”の他に、室蘭にあった”大王”(上記の店とは別)や今住んでいる所の周辺にある有名チェーン店のラーメンでも、結構美味しいものに出会いました。

ところで、我が家では、最近は冷やし中華を作ったり、冷やしたラーメンを蕎麦や素麺の冷たい汁で食べています。冷やし中華にのせる卵焼きは、近くの店で見つけた”EMの入った飼料で育てた鶏の卵”を使って作ります。卵によって、結構味が違います。この卵を使って、朝食べるベーコンエッグ等も作るのですが、何回かやっているうちに、フライパンで裏返し(宙返り)させることが出来るようになりました。面白がって裏返しています。でも、LPは手で丁寧に裏返します。決して放り投げたりしません。

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辻井伸行

今、すごい雷雨で、珍しく数回停電しました。こんな中でも、先ほどアマチュア無線をして、長崎や北海道の人と少し話をしました。電波の伝わり方は、その時々で異なる現象を示し、目に見えないことなので、神秘的な印象を受けることがあります。

今日、職場の帰りにCDショップに寄り、ヴァン・クライバーン コンクールで優勝した辻井伸行さんのCDを2種類、買って来ました。綺麗なピアノの音、スケールの大きさ、やはり選ばれた人、特別な才能に恵まれた人です。そして何と言っても眩しいほどの若々しさが素敵です。21歳。これから、どのような成長をするか分かりませんが、とにかく楽しみにしています。

買ってきたCDは「デビュー」(2007年録音)と「ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番」(2008年録音)です。

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ルドルフ・バルシャイのモーツァルト

1週間前、職場の別の部所の方の息子さんが亡くなられました。19歳でした。オートバイ事故とのことで、ご家族の悲しみは如何ほどでしょうか。この頃、不幸が続きます。11日は1年前に急死した同僚の一周忌でした。

音楽の方は、5月24日は車で30分ほどにある公民館で、次男も出る歌の演奏会に行き、6月4日はサントリーホール(小さい方の会場)で次男のいる学校の企画による演奏会があり、次男も少し出ていました。大学院の2年目となり、学生生活もあと少しとなりました。いい時間を過ごしてくれたら、と思います。

01 以前ほど家で音楽を聴いていませんが、相変わらずLP等の蒐集は続けています。最近に入手した中古LPの中に02 ルドルフ・バルシャイ指揮モスクワ室内管弦楽団によるモーツァルトの2枚組があります。交響曲40番と41番、ヴァイオリン協奏曲第5番、ピアノ協奏曲第13番が入っています。レオニード・コーガンがソロを弾いているヴァイオリン協奏曲を見当てに入手しましたが、バルシャイ達の演奏も素晴らしいものです。各声部のバランス、テンポの安定感、適度にアクセントの付いた歌わせ方、等々、それらの技術をベースに、第40番などもこの曲に期待する情感を自然に感じ取ることができます。彼らの演奏でバッハの「フーガの技法」の演奏録音を聴いた時も、初めてこの曲の特徴が分かったような気になったものです。こちらの精神状態が、目下、音楽に集中できないところがありますが、ぼちぼちと聴いて行きたく思います。

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隣の家のお婆ちゃんが亡くなりました

レオニード・コーガンのヴァイオリン、コンドラシン指揮フィルハーモニア管弦楽団の伴奏で演奏されたブラームスのヴァイオリン協奏曲の録音を久しく探していましたが、ようやく、中古LPで入手することが出来ました。CDでの発売はなされておらず、通販で新品LPが出ていますが、いささか躊躇する値段だったので、オークションの様子を見ていました。この録音は中古でも高値になっています。今回、意外なほどすんなり、手に入りました。

昨晩は、銀座のHMVに立ち寄り、久しぶりにCDを買いました。キーシンのピアノ、アシュケナージ指揮フィルハーモニア管弦楽団によるプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番&第3番です。2008年の録音です。相変わらずの感性の高いピアノ、それとオケも素晴らしく敏感な演奏をしています。未だ若々しい演奏をするキーシンが”円熟”すると、どんな風になるのだろうか、と思いながら帰りの電車の中で聴いていました。

家のそばの駅で降りて帰る途中、葬儀場の立札に見慣れた名前が書かれているのを見て、もしや?と思い家に向かったところ、最近ずうっと人がいなかった隣の家の電気が点いていて、偶然その家から人が出て来て、お爺さんが亡くなってからずうっと一人暮らしだったお婆さんがなくなったことを知らされました。私とは20年以上の付き合いになります。面倒をみたりみられたり、この家を人に貸した時には迷惑も掛けました。この数カ月間体調がよくなく、病院に入ったままと聞いていました。一昨日午後5時に逝去。今日の葬儀に参列します。

自分の家に入る際、郵便受けにLPが入っているのを見つけました。上記のものが届いていました。とてもオケの響きが堂々としており、見事な演奏になっています。ヴァイオリンは少し線が細い感じで、今朝改めて聴いても、第1楽章から何だか孤独で悲しげな響きに聴こえて来ます。

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目覚ましの音楽

特に珍しいものではありませんが、種類の異なるタイマーを二つ買いました。一つは、玄関の照明を毎日19時~24時に点けるために使うもの。もう一つはオーディオ用のもので、一定時間後にOFFとなるスリープ機能も付いています。このところ、朝は目覚まし時計ではなく、音楽で目が覚めます(大抵は、その前に目が覚めているのですが)。CDを入れたままのCDプレーヤーに電源を入れると、そのままで再生してくれます。今まで目覚ましに使った音楽は、MJQのヨーロピアン・コンサート、デイブ・ブルーベック・クインテットの”テイク・ファイヴ”、シベリウスの交響曲第2番、そして今はMJQのラスト・コンサートから”朝日のごとく爽やかに”です。

”テイク・ファイヴ”は、その昔、オーディオのデモ用によく使われていました。特に、ドラムスのソロの部分は、オーディオ装置の性能を窺うのに使っていました。今聴くと、ドラムスは意外と奥の方から聴こえてきます。

MJQの”朝日のごとく爽やかに”方は、ミルト・ジャクソンのヴィブラフォンが、少々草臥れている感じがします。やはり”ラスト・コンサート”だったのでしょう。

先日キットで作った真空管アンプとJBLのLE-8T(+トゥイーター)の組み合わせが、最高に良く鳴っています。LE-8Tがこんなに良く鳴るとは、正直思っていませんでした。

(話変わって)GWに入り、アマチュア無線のアンテナを整備し、交信して遊んでいます。送信出力は小さくしてありますが、そこそこに電波は飛んでくれています。装置がある程度そろい、後は時間と電気さえあれば、あまりお金を掛けずに楽しめる趣味です。中学3年の時に免許を取り、時々こんな風に思い出したように熱中しています。今時珍しいモールス信号でも交信しています。

ということで、相変わらず電気を使うことを楽しんでいます。

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リン・ハレルのCDを聴きながら:チェロ小品集

義父が亡くなりました。90歳でした。義父とは20年近く前に、この家で3年間半ほど一緒に暮らしました。人の歴史に改めて想いが行きます。葬儀が終わり、形見にクラシック音楽のCDをもらって来ました。その中にリン・ハレルのチェロ、ブルーノ・カニーノのピアノによる、チェロ小品集のCDがありました。今朝早い時間に目が覚め、聴いていました。最初の曲はフォーレの「夢のあとに」です。聴くたびに、生きて生まれて来なかった我が家の最初の子を思い出す曲です。この曲はもともと歌曲で、その歌詞の意味は、まどろみの夢に見た恋人の幻影、その夢から覚めてのちに、幻影を追うはかない思いを意味しています。義父がこれを聴いて、どのような印象を持ったのでしょう。

CDからサンサーンスの「白鳥」が流れて来ました。私が(本当に下手な)フルートで時々演奏する曲です。喪主の義弟の結婚式では、家内のエレクトーン伴奏でモーツァルトのフルートとハープのための協奏曲の第2楽章を演奏しました。直前にエレクトーンを演奏した人がエレクトーンの音程を電気的に変えていたことに気づかず、フルートとの音合わせに手間取って冷や汗をかきました。その結婚式で仲人をしてくれた義弟のかつての上司も、葬儀に参列してくれました。改めて話してみると、何と私が勤めている先の活動に参加していた人でした。葬儀は、普段離れ離れになっている親類が一堂に会する機会でもあります。78歳の義父の弟ともう一人いる50歳の義弟が、年取って気づく若さの良さについて話しているのを、傍で聞いていました。彼らとは過去の経験を共有していない私はもっぱら聞き役にまわっていましたが、飽きることはありませんでした。葬儀の後に親族そろってレストランで食事をしました。義弟の要望で、他にお客さんがいない頃を見計らって次男が少しだけ歌を歌いました。すぐ傍で聴いていましたが、とても力のある声になっていました。

CDからエルガーの「愛のあいさつ」が流れて来ました。長男が小学生の頃にヴァイオリンで練習していた曲です。若くて綺麗な女性のヴァイオリンの先生が、とてもその容姿からは想像出来ない大変厳しい口調で指導することに驚いたと、かつて義父が話していました。

海外出張から戻った朝、成田空港で義父の訃報を聞き、葬儀の手伝いをすることが出来ました。それが私にとって、せめてもの慰めとなりました。

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『風の谷のナウシカ』?

体調不良で入院していた同僚が一昨日退院し、早速昨日職場に出てきました。元気そうですが、しばらく血液をさらさらにする薬を飲み続けるそうです。食べ過ぎ、飲み過ぎに注意とのこと。働き過ぎが一番身体に悪いと思うのですが。

先週土曜日、秋葉原に行って真空管14GW8を買って来ました。キットで作ったメインアンプの真空管の予備用です。これで予備の真空管が20本我が家にそろい、何(十)年か持つと思います。多分、その前に、少なくとも耳が衰えてしまって、自分には必要なくなっているように思います。それにしても、14GW8はびっくりするほど安い値段でした。私の買ったのはポーランド製です。少しだけ値段の高いユーゴスラビア製のもありました。

ポータブルCDプレーヤーでシベリウスの交響曲を聴いていますが、確かに、以前頂いた”ハルくん”さんのコメントにあったように第5番は楽しめる曲だと思いました。かなり繰り返し聴きましたが、なかなか”飽き”が来ない感じです。一方、第6番は第1楽章の軽快な感じで流れる部分を聴いていると、何かを連想する気がし、何かな?と思っていたら、思い出しました。『風の谷のナウシカ』の最初の方で、噴射装置のついたグライダーのようなもので飛んでいる場面です。ちょっと不思議な空気/背景の中を一人で滑空している雰囲気があります。今日あたり、また別のシベリウスの交響曲全集のCDが届く予定で、それを聴くのを楽しみにしています。私の場合は、遊び過ぎ?に注意が必要です。

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杏の花が満開:我が家にあるシベリウスの交響曲のLP

先週から、庭にある杏の木の花が満開になっています。この木は、次男が保育園に通っていた頃にもらってきたもの。昨年は沢山実が成り、家人がジャムにしていました。温暖化のせいなのか、今年は特に花が多いように思います。ちょっとした花見が出来ます。

4 昨晩、2階でシベリウスの交響曲を聴きました。以前から持っていたLPでは、第1番はオーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団のみ。第2番は同じ組み合わせの新旧録音2枚のほか、バルビローリ指揮ロイヤル・フィル、それとモントゥー指揮ロンドン交響楽団のものがあります。それ以外では、ロジェストヴェンスキー指揮モスクワ放送交響楽団による第4番とカラヤン指揮ベルリン・フィルによる(1965年録音の)第5番があります。昨晩聴いたのは、ロジェストヴェンスキー指揮による第4番です。見事に音の形が整理され、芯の強さを感じさせるところもあります(さすがに彼らはタフだな(独り言))。録音もはっきりと録れています。音の流れの切り替えも鮮やかで、作曲者の意図・意思が分かりやすく示されている演奏録音だと思いました。

5 今朝は早くから起きてきて、カラヤン指揮による第5番を聴きました。音の隅々まで実に仕上がりよく美しく流れる、さすがはベルリン・フィル!と思わせる演奏です。スケールの大きさを感じさせる中で変化を持たせて音を聴かせるカラヤン一流の演出も、私は結構好きです。ロマンティックな音楽になっています。先のロジェストヴェンスキーのものもそうですが、これらをよく聴いてこなかったのは勿体無かったな、と思うところではありますが、他にも聴きたかった曲が多く残されていましたからね。交響曲全集でコリン・デイヴィス指揮ボストン交響楽団のLP、バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルのLPを中古で入手したのは数年前のことでした。チャレンジすることは決めていたのです。

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アンプのちょっとした調整をしながら

今朝から、真空管式メインアンプ、SV-9tを居間の方のセットにつないで使っていました。KMQ-60に比べて繊細感が不足しているように感じるので、周波数特性上は問題ないはずなのに何故かな?と思い、すぐできる調整を試みました。電源コンセントの極性はOK。次に思いついたのは、ゲインが高そうだったので、メインアンプの入力を少し絞ること。どうやら、これが正解。プリアンプ側のコントロール範囲等の特性と合ったのだと思いますが、不満を感じない響きになりました。気になっていたことが解決したので、安心して、今夜は、SV-9tをまた2階に持って行こうと思います。

上記アンプの調整をしては、まるで一人の作家の随筆集を年代順に読んでいるような、あるいはテレビ・ドラマか映画の、話が進んで行く一場面を見ている時に受けるような印象を覚えながら、シベリウスの交響曲を第4番から第7番まで割と集中して聴きました。曲(あるいはストーリーとでもいうようなもの)が完結している感があまりなく、交響曲を聴いている、という印象は希薄でしたが、よく言われている”心象”というものは感じたと思います。主に聴いていたのはコリン・デイヴィス指揮、ボストン交響楽団のLPです。ベルグルンド指揮、ヘルシンキ・フィルのCDも聴き、ロリン・マゼール指揮、ウィーン・フィルのCDも一部聴きました。それぞれ、曲の印象が少しずつ異なり、いかにも演奏者の理解・解釈に違いがあることが分かって、これはこれで面白い経験です。

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シベリウスの交響曲にチャレンジ中

昨日、家から直接行った外出先に電話があり、職場の方が体調不良のため、夜のうちに入院したことを知らされました。60才の男性で、普段大変元気な人です。症状からすると、どうも脳梗塞の疑いがあるように思いますが、病院で検査してもらっています。しばらくは職場に出て来れないでしょう。私の職場の男性は、何しろ私が一番若いという男性高齢職場です(女性は若い人が多いので、極端なコントラストになっています)。それぞれ健康管理には注意して、無理しない様にしてはいるのですが、年齢から来るのものがあり、何があってもおかしくないと思っています。同僚の無事を祈ります。

さて、このところシベリウスの交響曲の第3番以降をよく聴いています。また最近、ベルグルンド指揮、ヘルシンキ・フィルハーモニック管弦楽団の演奏録音の交響曲と交響詩の全集も中古で入手しました。ベルグルンド指揮のものは、大変堂々とした演奏で、第3番の第2楽章などは、祈りを感じさせる聴きごたえのある見事な演奏だと思います。録音もとても良いものです。逆に、コリン・デイヴィス指揮、ボストン交響楽団の演奏の音の処理の巧さや聴かせ上手なところに気づきます。その時の気分で、選んで聴こうと思います。まだ、シベリウスの交響曲にチャレンジ中です。

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シベリウスの交響曲第3番にチャレンジ!

シベリウスの交響曲は、主に第1番をオーマンディ指揮、フィラデルフィア管弦楽団で、第2番をバルビローリ指揮、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団で聴いて来ました。それらは親しみやすい楽想で、広く聴かれている曲だと思います。しかし、第3番以降は、すっかり様相が変わります。第3番は、デイヴィス指揮、ボストン交響楽団、マゼール指揮、ウィーン・フィル、それとバーンスタイン指揮、ニューヨーク・フィルの演奏録音を持っていて、それぞれ聴いていました。多く聴いているのは、デイヴィスのものです。

この曲は、私には、そうチャーミングには聴こえない旋律が繰り返されたり、響きの色彩感も、第1番や第2番に比べると、ずっと地味なものに感じます。所々で音楽が盛り上がって行くあたりは、ブルックナーに似た印象を受けます。ハルくんさんがブログでのシベリウスの交響曲の説明の際、ブルークナーの名を出されていたことを思い出しました(http://harucla.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-84e8.html)。ノルウェーのオスロ、それとスウェーデンのストックホルムには行ったことがあるのですが、フィンランドには行ったことがありません。森と湖の多い北欧の国、長くロシアから圧迫されていた国、そして”日本びいき”ということが頭に浮かんで来ます。日本びいきということは別にして、そんなことを思いながら第3番を聴いていると、精神的な強さと共に、時々心がふわっと飛ぶような不思議な感覚を覚えます。人は住むところの影響を強く受けますが、世界中で共通したものも確かにあって、デイヴィスの演奏(:旧録音しか持っていませんが)からは、そんな部分がよく聴こえてくるように思います。

今週、途中で寝てしまった時も含めて(これが多いのですが)多分10回は第3番を聴いたと思います。やっと、この曲の中での”変化”の幅に慣れて来ました。響きの変化を耳が捉えるようになって来た感じもします。何だか、昔、ショスタコーヴィチの交響曲を聴き始めた頃を思い出しました。

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1976年録音、コーガンのブラームス「ヴァイオリン協奏曲」:アンプを替えました

1958年のレオニード・コーガン、アメリカデビューのモントゥー指揮、ボストン交響楽団のバックでのブラームスのヴァイオリン協奏曲の演奏は、さすがに極度の緊張でコーガンといえども本来の完成度からはほど遠いものではなかったかと思います。オケの方も、第3楽章でコーガンの速さにオケがついて行こうと努力していている様子等が窺えますが、フレーズの最後の部分が揃わなかったり、これも万全ではなかったように思います。

コンドラシン指揮、フィルハーモニア管弦楽団との演奏録音については、CDは現在入手困難で、LPは少々高目で売っています。この演奏録音の入手はしばらく様子を見ることとし、代わりに韓国のyedanという02 レーベルから発売になった、パヴェル・コーガン(レオニード・コーガンの息子)指揮、USSR State Symphony Orchestraのバックで、1976年5月18日録音のCDを入手しました。このCDの基になった録音は、LPではないかと想像します。きわめて少ないですが、疵のような音が時々聴こえて来ます。しかし、そう悪い録音ではなく、十分に鑑賞用になるものです。レオニード・コーガンのヴァイオリンからは、終始一貫した表現に対する強い意志と、特に低弦を弾いた時の表情付けが明確に聴き取れ、聴き応えのあるものとなっています。オケの方は、フレーズの終わり方に少し締りがないところがあったり、個々には注文が付くかもしれませんが、ブラームスらしさは感じ取れます。少し弦の音がキツク感じますが、録音のせいもあるかもしれません。コーガン氏の58歳での急死については、その死因について取り沙汰されている向きもあるようですが、とにかくもっと長生きて活動して欲しかったと思う次第です。

Sv9t さて、先週、居間で使っているアンプの組み合わせを変えました。SQ38FDをプリアンプとして使うことにし、もったいないのでパワーアンプ部分の真空管を抜きました。パワーアンプはKMQ60です。この組み合わせで、Klipschのスピーカーが大変良い音で鳴ります。我が家としては、大変贅沢な組み合わせです。まったく文句なしの音です。ところが、こうなると2階の寝室のアンプがいよいよ気になり、ついに前から目を付けていたザ・キット屋の真空管メインアンプ・キット、SV-9t ver2(写真、手前左)を注文し、昨日届いたので早速作り、今使っています。プリアンプはエレキットのTU-875(写真、手前右)です。予想外にすっきりした音がします。電源コンセントの向きやアンプ間の接続コードを取り換えたりして、気に入る音にしようとしていますが、まだ工夫の余地がありそうです。それにしても、昨日キットを作成していて、結構ややこしい配線だったので、大丈夫かなとちょっと心配していたのですが、作業完了後、呆気ないほどトラブルなく鳴りました。正味12時間は作業したと思います。とても楽しい時間でした。

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モントゥー指揮のブラームスのヴァイオリン協奏曲3種類

01初めてピエール・モントゥーがブラームスのヴァイオリン協奏曲の指揮をしている録音演奏を聴いたのは、1982年頃のことでした。聴いたのは、1958年頃にシェリングのヴァイオリンでロンドン交響楽団を指揮して録音したLPでした。ちょっと若々しい感じのシェリングが、ゆったりとオケと共に歌と語りを合わせて聴かせて来るような演奏でした。小生が結構気に入っている演奏録音です。

02 次に聴いたのは、今から7年くらい前のこと。ミルシテインのヴァイオリンで、コンセルトヘボウ管弦楽団を指揮した1950年録音のCDでした。相変わらずのミルシテインの熱演ぶりが伝わってくるものでした。

03そして、昨日我が家に届いたCDが、コーガンのヴァイオリンで、ボストン交響楽団を指揮した1958年1月11日の実況録音(モノラル)で、コーガンのアメリカデビュー演奏というCDです。オケが強奏している部分の音が割れてしまっている録音ですが、コーガンのヴァイオリンの音は歪まず録れています。ラジオ放送用の録音の様で、演奏の前後に曲名と演奏者の紹介が入っています(この曲の後に、同年2月2日に録音した、コーガンのヴァイオリン、ミトロプーロス指揮、ニューヨーク・フィルによるモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番の演奏が入っています。そう悪い音ではありませんが、かなり懐かしさを覚える響きになっています。演奏は古典派らしいキッチリした演奏で、なかなか素敵な感じです)。さて、モントゥーの指揮によるブラームスのヴァイオリン協奏曲の演奏において、独奏者はそれぞれの個性をよく出しているように思います。モントゥーの歌心がこの曲に合っていて独奏者も弾きやすいのかもしれません。コーガンの場合には、オケが気合いを入れて少し熱くなって演奏しているせいもあってか、第1楽章など、独奏ヴァイオリンが結構「熱演型」になっています。各楽章が終わる度に会場からの大きな拍手が入っています。普段の鑑賞用というよりも、記念としての録音の意味合いの強い演奏録音であるように思いますが、しばらくこのCDを繰り返し聴いてみようと思います。小生には、コーガンの演奏には常に何かを求めていて表現仕切れていないような印象があり、それがとても興味深く感じられます。

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メンデルスゾーンの風情/情緒:コーガン演奏のヴァイオリン協奏曲

1週間前の金曜日(13日)は、当地は強風が吹き、帰りの電車に支障が出たため、いつもと(ほんの少し)違うルートで(ただし、真っ直ぐ)帰って来ました。まだ体調が戻らず、寄り道する元気が出ません。少し食事をし、薬を飲んで寝ていました。そんな中で時々聴いていたのが、メンデルスゾーンの弦楽八重奏曲でした。ブリリアントのメンデルスゾーンCD30枚セットの1枚中に含まれています。ロス・ポープル指揮、ロンドン・フェスティバル・管弦楽アンサンブル演奏です(管は出て来ませんが)。この曲、他の演奏で聴いたことがあるのですが、どうもピンと来ず途中で聴くのを止めることの多い曲でした。しかし、今回は、割と抵抗なく最後まで聴けました。

メンデルスゾーンの場合、曲によっては私には苦手な響きというか、居心地の悪い雰囲気を感ずることがあります。意図した場面/状況を表現している音楽、例えば「真夏の夜の夢」や「エリア」などは大変素晴らしい音楽だと思いますし、ヴァイオリン協奏曲のように気品に溢れる音楽など稀有なレベルの音楽だと思います。しかし、先の弦楽八重奏曲などのような室内楽曲において、独特の風情/情緒のようなものを感じ、聴き続け辛いものを覚えることがあります。私の個人的な感覚の問題なのでしょう。今回入手したセットを聴くことで、そのような苦手意識がなくなるかもしれません。

01 私が苦手に感じていたものの一つに、ヴァイオリニストのレオニード・コーガンがいました。ベートーヴェンやチャイコフスキーのヴァイリン協奏曲を聴いても、特にスケールが大きいという感じはせず、表現の幅も図抜けて広いとも思えず、旋律の歌わせ方も半端なような印象を持っていました。つい最近、伴奏がロリン・マゼールであることに興味を持ち、メンデルスゾーンとブルッフのヴァイオリン協奏曲の入ったCDを入手しました。在庫切れのため数週間待っていましたが、17日に届きました。メンデルスゾーンを聴いて少々驚きました。音自体はしっかりしていますが、随分弱々しい印象でヴァイオリンが弾き始めます。相変わらずの独特の強い音ですが、不思議な印象があります。バックのオケは奥行きと広がりのある録音で録られており、オーディオ的には面白いものです。リズムの処理などは、あまりメンデルスゾーンらしい軽妙さを強調することもなく、いわゆるオーソドックスな演奏というのでしょうが、やはりマゼールらしい敏感な音の出し方がところどころに現れています。それにしても、私がこの曲に期待する演奏ではないものの、コーガンの演奏には、これがコーガンの個性なのか、と思わせることが多く、大変興味深く何度も繰り返し聴いています。優しい心の持ち主が強い音で音楽を奏でる、どことなく屈折したものを覚えます。メンデルスゾーンの曲にも不可思議な二面性があるように思い、コーガンの個性とユニークな組み合わせになっているのでは、と勝手な想像をしています。ブルッフの方では、味わいのある微妙な節回しがソロ・ヴァイオリンから聴かれ、録音時50才になったコーガンの円熟が感じられるように思います。

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白樫栄子作曲『みづち』

日曜の午後、次男の通っている大学院の成績試験を兼ねた演奏会があり、家人と共に行って来ました。息子の役は小太郎。私の所から持って行った草履(私が弓道で使っていたもの)を履いて、鬘なしで出て来ました。大変面白く聴いていました。なかなかいい曲だと思います。

さて、会場は撮影禁止だったのですが、録音については触れていなかったので、MDで録音して来ました。いつも使っている会議用のコンデンサーマイクは高音が入らないので、値段の割には広帯域の別のコンデンサーマイクを今回使いました。ここでやらかした基本的失敗は、イヤフォンを使って音の入り具合を確認せず、音量レベルを目で確認しただけで録音してしまったことです。原因はよくわかりませんが、何かの信号をとってしまい、とても大きな低音ノイズが入っていました。アンプのトーンコントロールで調整しただけではあまり効果が出ないほど、大きなノイズです。そこでフリーウェアのSoundEngineというソフトをダウンロードし、130Hz付近から下をカットして何とか聴けるようにしました。安いコンデンサーマイクなので、シールド等がしっかり出来ていないのだろうと思います。無理して広帯域に作っているので、信号も拾いやすいのかもしれません。高域の感じはいいので、次回はしっかりとモニターして録音しようと思います。

それにしても、月曜日から体調が悪く、病院に行ったところインフルエンザではないと言われたのですが、薬を飲んでもよくなりません。夜、何度も目が覚めます。その都度、自分の体調を確認するのですが、どうもいけません。今日もおとなしくしていましょう。そういえば、この二晩、ビールを飲んでいません。どおりで小遣いが減らない訳です。月曜日に年金の受取り見込み額の手紙が来たことを思い出しました。びっくりするほど少なく、そのショックもあって体調が戻らないのかもしれません。

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日曜の朝はバッハ:教会カンタータ

かつて職場の近くにあったCDショップのワゴンセールで見つけたブリリアント・レーベルのバッハ大全集からの教会カンタートを聴き、そのあまりの新鮮さに心動き、結局全集すべてのCDを集めました。特にその中の教会カンタータすべてを、ポータブルCDプレーヤーで通勤途中も聴くことにして、一気に聴きとおしたのは8年前後前のことでした。その全集は今CD棚の一番上に並べてあり、いつでも取り出せるようにして時々聴いています。今朝は教会カンタータ第1巻の1枚目のCDを聴いています。最初の曲はBWV 80『我らが神は堅き砦』です。割とよく知られた旋律が出てきます。第2曲のソプラノとバスのアリアでは、細かく動くバスの声の上を、ソプラノがその有名な旋律でゆっくりと歌います。オケのメンバー数が少なく、録音会場が教会の中なので、天井がかなり高く、自然な残響があり、演奏、録音共に透明感があります。有名な団体による演奏のような”演奏会”で聴かせるというような趣は少なく、その場、すなわち教会の中で聴くという雰囲気を演奏そのものからも感じます。第5曲のコラールの部分は、今度は管楽器や弦楽器が細かく動く中をコーラスが有名な旋律で歌います。なんとも素敵な瞬間です。

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夢うつつの中で:ハイドンの交響曲『朝』

眠くなり、半分眠ったような状態で音楽を聴いていると、いろいろ面白い夢と現実の間を行ったり来たりします。こんな夢を見たと家人に話すと、私は夢をよく覚えている方の人間だと言われます。20才になる年、当時の自分としては人生を変える大きな決断をした後に迷いが出始めた頃、ジャズを聴いていて、多分一瞬寝たのだろうと思いますが、突然耳元で「それでいい」という声を聞いたような気がして、びっくりしたことがあります。また、5年ほど前のことですが、夢の中で自分が寝ているというややこしい状態になったことが何回かあります。夢の中で起きると、とにかく周囲で変なことが起こります。突然ステレオから音楽が流れて来たり...これは夢だと確信し、意図して起きようと頑張ると、本当に目が覚めます。ちょっとアブナイ気がします。

01 さて、10年近くも前、次男の部屋にスピーカーをセットして調整を兼ねてドラティ指揮のハイドンの交響曲全集の一部を聴くことがありました。そのうちすごい睡魔に襲われ、息子のベットで横になって聴いていたのが全集の中の2枚目のCDで、交響曲第6番『朝』、第7番『昼』、第8番『晩』が入っています。ニックネームほどには明確な描写の違いは覚えないのですが、とにかくヴァイオリン・ソロや管楽器等が活躍する協奏交響曲風なところ、あるいはセレナード風なところがあり、”しんみり”とした感じ等もあり、とても魅力的な曲が揃っています。

横になって聴いていて、気持ちよく眠りに入り、途中何度か目が覚めた状態の時にもまだ夢の中にいるような感じがしました。随分と長く寝ていたように思うのですが、その間音楽は鳴りっぱなしでした。すべてが夢の中の出来事のようでした。今見ると、CDの合計演奏時間が71分となっています。確かに長い方ではあります。昨晩、久しぶりにこのCDを取り出して聴き始めたところ、あっという間に本格的に寝てしまい、朝早く目が覚めました。当時は、忙しく仕事をしていた頃でいろいろなことが続いていましたが、今はよほど幸せな状態なのでしょう。もしそうなら、いつまでもこの状態が続いて欲しいと思います。親や子供たちと一緒に住んではいませんが、それぞれが健在であることを感じていれる状態が、いつまでもずうっと続いて欲しいと思います。

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心が動いた時に聴こえる音楽:...ブラームスの交響曲第4番

クラシック音楽好きの人には、日常のちょっとしたことや、ある出来事に感動した際、心に感ずる音楽があるのではないかと思います。私の場合には、どうもブラームスの交響曲第4番、それも出だしの第1主題の旋律のようです。そう、素晴らしい主題です...ターラ、トゥーラ...

心がちょっと豊かに感じている時に聴こえて来ることが多いのは、ベートーヴェンのピアノソナタ第8番「悲愴」の第2楽章です。素晴らしい旋律です。

私には、何かの折にモーツァルトの交響曲第40番の第1楽章の主題が心の中で聴こえて来ることはありません。それは、心が豊かに感じている時には聴こえて来ず、悲しい時、厳しい時には音楽そのものが聴こえて来ません。

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臆病風と防犯ライト...そしてスズキの刺身

昨晩は、1ヵ月遅れの新年会(兼歓迎会)。飲み放題なので、ビールを沢山飲みました(3リッターぐらいでしょうか。身体が受け付けないので、こんなものでしょう)。ちょいと飲み過ぎた翌朝は、今更二日酔いというようなこともなく、普通に出勤しましたが、こんな時は何か不安を感ずるというか、変に憶病になります。別に何も起こるはずもないのに、とにかく気になります。最寄りの駅から始発電車が出るので、座っていけるのですが、今日はちょっと臆病風に吹かれて座っていました。

夜、駅まで着いて家までの900m程度の道を歩く時、雲がなければ、この季節、西に向かって歩く私の左上少し後ろにオリオン座が見えます。それらの星の間に何とか星雲も見えます。南から羽田に向う飛行機のライトも見えます(明らかにUFOではありません)。途中、人を感知して庭先の電燈がつく家が複数あります。以前はよく犬に吠えられたのですが、最近はそのようなことがありません。吠えられたら、ちゃんとこちらからも吠え返してあげていたのですが。2年ほど前ですが、いつも吠えられる犬のいる家の近くを歩いた時、吠えられる前に、こちらから吠えたところ、その犬のそばに飼い主が立っていて、こちらを見ていました...人間らしくない行動をとる時には注意しましょう。いつの間にか、犬が防犯ライトに代わったのでしょうか。防犯ライトには吠えません。せいぜい、道の端を歩いて、ライトがつくかどうか、確認してみる程度のことをするだけです。防犯ライトのチェックをしてあげています。

今夜は帰る途中スーパーに寄ってスズキ(小さいので、セイゴと言うべきですが)を買って来ました。三枚におろすまではいいのですが、骨を残さないようにして刺身を作るのは結構厄介です。ケチらず、骨のありそうなところは切り捨てるのですが、それでも残っていたりします。そうそう、そのスーパーに久しぶりに伊藤ハムのピザがありました。2枚買って来ました。以前よく買って食べていたのですが、有害物質が検出されたことで店頭から消えていて、寂しく思っていたものです。

ツェヒリン演奏のCDで、ベートーヴェンのピアノソナタ第13番を聴いています。強弱の付け方がストレートで、チェンバロみたいな印象です。ないわけではありませんが、クレッシェンドとかディミニュエンドという感じとは違う、ちょっと不思議な歌わせ方です。今、「月光」に変わりました。

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ラインスドルフのメンデルスゾーン「真夏の夜の夢」:メンデルスゾーン集(CD30枚組)より

01 昨日偶然、探していたCDを見つけました。それがタイトルの演奏録音です。LPで買いそれを疵つけたため、後でCDで買ってその後そのCDを無くしたものです。わざわざ、そのためにインターネットのオークションに手を染める(!)ことまでし、LPは見つけたものの、CDが出品されずにいたものです。30枚CDセットの”Mendelssohn: Masterpieces”の1枚に入っていました。幸い在庫があったので、すぐ送ってもらえました。いい音です。弦の音も奇麗で、低音もよく伸びていて、その中でティンパニがたたいている音もそれらしく聴こえて来ます。全体として、LPの音より少し落ち着いた感じの音がします。もっとも、これは使っている再生装置の影響が強いので、我が家だけのことかもしれません。

ところで、30枚組にはいろいろ入っていて、まるで玉手箱のようです。その一つが上記のCD。ほかに、ピアノ作品集にはグールド、ラローチャ、ゼルキン、ホロヴィッツの名があります。オラトリオ「エリア」はブロムシュテット指揮、ライプツィッヒ管弦楽団他です。

この30枚組を注文する前に、やはりランスドルフ指揮ボストン交響楽団のCDを2枚注文しており、それらも一緒に届きました。ブラームスの交響曲第2番と第3番、それと同第1番とモーツァルトの交響曲第39番です。モーツァルトの第39番~第41番の中で、今最も聴きたいと思っているのが第39番変ホ長調(K.543)です。それも構成のしっかりした演奏で聴きたいと思います。ベームやカイルベルトの演奏に魅かれ、今ラインスドルフの演奏にも魅かれます。

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パロット指揮のヘンデル「メサイア」

朝出勤のための電車に乗る際、決まって同じ車両に乗る癖があり、そのため同じ人達と乗り合わせることが日常的に起こります。今朝も、私が座った前に、とにかくよく眠る人が座りました。上半身を前へ横へ、凄まじい勢いで動かしながら爆睡します。途中、突然音楽が鳴り始めました。周囲の人達は気付いてはいるものの、どこに音源があるのか分からず、困ったままでした。私には、目の前から聴こえているように思いました。しかし、目の前の人は、その音に気付いていったん起きたのですが、すぐ又寝ました。5分も経った頃、近くに立っていた人が、私の隣で携帯ゲーム機に夢中になっていた人に対して「音が漏れてますよ」と話しかけました。ゲーム機を使っていた人は慌ててゲーム機周辺をチェックしたのですが、何も音は出ていませんでした。そこで、私が目の前を指さし、「音が聴こえて来るのですが」と言ったところ、かの人が「まさか」と言ってポケットから携帯電話を出しました。音が一段と大きくなりました.....自分の携帯電話の着メロを覚えていないなんて。

01 さて、その後、ポータブルCDプレーヤーでヘンデルのメサイアを聴くことにしました。アンドリュー・パロット指揮タヴァナー合唱団及びプレイヤーズで、エマ・カークビー他が歌っています。今日は2枚目の”ハレルヤ・コーラス”の入っている方を聴きました。透明感のある響きで、活きいきと、しかも祈りを覚える演奏でした。ハレルヤ・コーラスを、これほど祈りを感じさせる演奏で聴いたことがありません。2枚のCDのどこにも退屈するような部分がありません。これに近い響き、印象を持った演奏録音として、ブリリアント・レーベルから出ていてバッハ全集にも入っているルーシンク指揮でオランダのメンバーが演奏している「教会カンタータ」を思い出します。中にはソロが終始怪しげな音程で歌っているような演奏もありますが、とにかく透明な響きで、”聴かせよう”というような意識を感じさせない真摯な演奏です。このようなバッハ演奏に似たものを「メサイア」から聴くとは思っていませんでした。パロット指揮のものは、威厳とか荘厳とかいうような表現からは遠く、上に記したような印象のものです。携帯電話の件も忘れ、不思議な感覚で東京駅のプラットホームに立ちました。

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レナード・バーンスタインのこと、等

01 昼過ぎ、家に戻るとCDが届いていました。ツェヒリンのピアノによるベートーヴェンのピアノソナタ全集、ピアノ協奏曲第5番「皇帝」、それとパロット指揮のヘンデルの「メサイア」です。「皇帝」のバックはザンデルリンク指揮のライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団で、最初のところを少し聴きましたが、まさにドイツの重戦車という感じです。いかにも(録音で聴く当時の)ゲヴァントハウスの音です。CDジャケットのデザイン(左上写真)とのミスマッチはご愛敬でしょう。ピアノソナタの方は意外に思うほど録音が良いものでした。第8番、第14番、第30番とか、まだ少ししか聴いていませんが、演奏自体からはすごく個性的という感じは受けません。しかし、もっと聴くと、多分この演奏家の何かが伝わってくるように思います。

パロットのメサイアも、最初のテノールのアリアの部分まで聴きましたが、素晴らしい響きで歌もよく、これは本当に楽しみです。

02 バーンスタイン指揮、ニューヨーク・フィルの演奏で、チャイコフスキーの交響曲第4番を聴いています。聴き始めてすぐロシア的とかロシア風ということは忘れ、この曲の持つ心理的な面が演奏に顕れていることに気付きました。それぞれのテンポの設定や管楽器の歌い方等、隅々まで注意をはらって場面によって設定を変えながら演奏している様子が感じられます。バーンスタインのニューヨーク・フィル時代の演奏録音は、例えばベルリオーズの「幻想交響曲」の場合、最初の2回のニューヨーク・フィルとの録音に比べて、後のフランス国立管弦楽団との録音の方が圧倒的に色彩感に溢れていますが、少しモノトーン気味のニューヨーク・フィルとの録音の方が、心理描写が分かりやすくなっていると思います。ニューヨーク・フィル引退後のバーンスタインの演奏録音も結構沢山持っているのですが、まだピンとこないでいます。勝手な想像ですが、バーンスタインは、ニューヨーク・フィル時代に指揮者としてやりたかったことをかなり強い意識を持って一通りやり尽くし、その後は後進の指導を行うと共に、その時々の機会に合わせて音楽をやっていたのではないかと思うのです。音楽における本質的な部分への洞察が極めて鋭かった一方、私生活面では奥さんとの離婚やその原因の少なくとも一部にはなっていたと思う飲酒・喫煙等の悪習慣を持っていたようです。なかなかうまく行かないものです。

人の寿命が延びて「高齢化社会」となっており、高齢者の生き甲斐とは、ということに思いが行ってしまいます。私の場合は、小さかった頃に気に掛けたことをそのまま持って来ているので、継続出来る部分はありますが、社会との接点という点についてよく考えておく必要を覚えます。

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チャイコフスキーの交響曲

先の水曜日に、次男がレッスンを受けている声楽の先生のところの発表会に行って来ました。アマチュアの演奏会の場合、歌っている時の真剣な様子や、終わった後の安堵感や失敗を悔やむ様子がストレートに伝わって来るので、各人の声のコントロール具合と共にそんな様子を感じながらステージを見ています。息子も2曲歌いました。だいぶ声に力が出て来たと思いますが、テノールの場合はやはり安定性が課題です。夜9時過ぎに発表会が終わり、急いで家に帰りましたが、着いたと時には夜0時になっていました。発表会は撮影、録音OKだったので、撮って来たビデオのファイルをパソコンに移し、少し見てから寝ました。

昨日は、上記のファイルをDVDにして、夕方、メール便で息子宛に送りました。DVDにする際、ステージに向けられたライトが強くて顔が白くなり過ぎているので、それをなんとか補正しようと試みたのですが、うまく行きませんでした。撮影する際、「オート」ではなく、「スポットライト」というマニュアル設定が出来るので、次回はそれを試そうと思います。音の方は、そこそこに録れていました。当日は客席ががらがらで、特にステージ近くは誰もいなかったため声がすごくよく響き、ソプラノの高音などは耳に痛く感じるほどでした。会議録音用の安いマイクですと高音が全く入りません。今回使ったのはビデオカメラ内蔵のマイクですが、高音も少しは録れるようで、声の倍音成分らしきところも、少しですが入っていました。

01 この週末は、ビデオを見たりチャイコフスキーの交響曲を 聴きながら過ごしています。チャイコフスキーの交響曲第401_2番の前半部分をオーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団、第5番をバーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルで聴きました。共にLPです。オルトフォンのカートリッジSPU-GEを使ったので、素晴らしい音で聴くことが出来ました。ステージでの演奏を彷彿とさせます。演奏も、きびきびとしたアンサンブル、主旋律の伸びやかな歌わせ具合や、それに各声部が絡む様子が聴かれ、ちょっと耳を澄ますだけで、音楽の素晴らしい世界に入って行けました。考えてみると、私は、チャイコフスキーの交響曲に関しては、ムラヴィンスキーの演奏録音と並んでアメリカの指揮者のものも好きな様です。第6番「悲愴」はフリッツ・ライナー指揮、シカゴ交響楽団のものをよく聴いて来ました。これは、大変厳しい響きを持った演奏です。トランペットの音等も、第1楽章の中間でミュートを付けて強く吹くあたり、とても鋭い音になっています(ムラヴンスキーのものは、この辺は意外と明るくなっていて、何か理由があるのだろうと興味深いものがあります)。

今日、日曜日は良い天気になりました。もう少ししたら、ちょっと出掛けます。

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演奏会における”指導”:日曜の夜の気分

今日は少し離れた地域の合唱団の演奏会に家人と一緒に行って来ました。その会で、次男が合唱とは別にピアノ伴奏で数曲歌わせてもらえました。会場には意外なほど大勢の人が来ていました。合唱は上手で、ピアノの人もとても上手でした。演奏が始まっても、隣に座っていた二人の老婦人が、出演者の服装がどうとか、身体の動かし方が合っていないとか、ひっきりなしに喋っていたので、どうしようかと考えました。周りではこの二人だけがうるさくしていました。白けさせたくないので、また合唱曲もポピュラーなものが続いていたので、少々のことは我慢しようと決めて、演奏を聴いていました。6曲目になった時、曲目が”真面目”なものになって、それまでと雰囲気が変わりました。合唱団の連中がしっかりとした歌い方になったので、こちらも集中した時、隣の二人が喋り始めました。即、”指導”を出しました(これが、もし相手が恐いお兄さん方だったら指導を出しただろうかと、後で少し考えました。もし、同じように指導を出さなかったら、フェアではないな、とか考えながら)。その曲が終わった時、注意した自分の行為に関し、二人に非礼を詫びました。その後は、互いに気にせず、特に何もありませんでした。但し、演奏中のお喋りは無くなりました。

いい合唱でした。細かいことを言えばキリがありませんが、よく練習していたと思う出来映えでした。息子の歌は、一箇所、声が不安定になりかかり危ないところがありましたが、全体としては声が出るようになっており、成長の跡が聴かれました。2月に入ると、今度は日本歌劇に挑戦です。先日、私が弓道の練習の際に使っていた草履を持って行きましたが、”ちょんまげ”の付いた鬘をかぶるのだろうか?と思いつつ帰って来ました。

日曜日の夜は、また明日から仕事と思うことから、ちょっと緊張感が出ますが、その独特の(あまり好きではない)気分も、自分の人生の一部と思いながら音楽を聴くのも悪くはないかもしれません。今夜は短い歌曲でも聴きながら寝ることにします。

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あれ?真空管が:ラインスドルフ指揮の「トゥーランドット」

ちょっと音に変化が出た、と思った瞬間、右チャンネルからの音が止まりました。いろいろ調べた結果、プリアンプの真空管、12AU7が1本駄目になっていました。手元に予備はなく、どうしようかと考えて、そばにおいてあるSQ-38FDの中から12AX7を抜いて使うことにしました。もちろん特性は同じではありませんが、使えないことはありません。中学生の頃、よくこんな風に球を差し替えて音の違いを楽しんだものです。3本の球すべてを替えました。利得が少し上がったような感じで、メインアンプ側のボリュームを少し絞りました。このプリアンプにはトーンコントロール回路が付いていないので利得があまり必要なく、それで12AU7が付いていたのかなと思います。気のせいか、少し音がすっきりした様に感じますが、多分やはり気のせいでしょう。3本中、2本はLPを聴くときにだけ使う真空管なので、LPを聴くとき以外は球を外しておくことにしました。12AU7や12AX7は、札幌にいる母の家というか、自分が学生時代に住んでいた家に何本か残っていると思うので、今度帰った時に持ってこようと思います。それにしても、真空管アンプというは、もちろん良く設計されているものについてですが、いとも簡単に良い音が出るものと感心してしまいます。

01_2 こんなことを書いている間中SACDで聴いていたラインスドルフ指揮、ローマ・オペラ管弦楽団、ニルソン、テバルディ、ビョルリンク他による、プッチーニの「トゥーランドット」が終わりました。このオペラ、以前コレルリ達のDVDやカレラス達のDVDで観ましたが、何ともひどい内容です。悪女の物語ですね。画像無しの方が、楽しめそうです。でも、一度観ると音楽と共に思い出してしまいます。今朝、ベーム指揮の「フィデリオ」のDVDを少し観たのですが、これは演奏も素晴らしく、改めて時間を作って観ることにしました。

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ブラームス、交響曲第4番:ラインスドルフ指揮、ボストン交響楽団

01 昨晩、東京駅地下で人を待っている間にCDショップに寄り、ふと目に留まって買ってしまったのが、標記のCD、ラインスドルフ指揮、ブラームスの交響曲第4番です。中古LPでは時々探していたものの、まさかCDで出ていたとは気付きませんでした。レジで1000円出して100円以上のお釣りが来ました。

昨年職場を辞めた若い人他と会い、それぞれこれからのこと等、話しました。再度、学校へ行って勉強したいと言っていました。きっと、自分自身のことを、もっと確かめたいと思っているのでしょう。希望のあることはいいことです。何よりです。その時の時間が大切にされていることが大事なのだと思います。そうそう、最近クラシック音楽に興味を持ち、ショパンを聴いているそうです。

帰りの電車の中で、ポータブルCDプレーヤーで買ったばかりのCDを聴いてみました。今朝も、朝早くから、少し音量を絞って聴いています。感傷っぽいところの少ない、大変ダイナミックな演奏です。ライナーノートに「”何も足さない、何も引かない”男の美学」と書かれていました。かなり苦しい表現に、思わず笑ってしまいました。確かに、ラインスドルフの演奏を評するのは難しいと思います。凄い感動を覚える!という感じでもなく、と言ってつまらない訳でもなく。あまり詳しいことは分からないのですが、メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」の演奏のことも思い浮かべながら、ラインスドルフの演奏の特徴を語るなら、抜群のリズム処理のセンスの良さ、ということなのでしょうか。これが大きなデフォルメの無い演奏に、貴重な命を与えているように思います。メロディの歌わせ方にも、この指揮者のものが自然に表れているのだろうと思うのですが、適当な表現が思いつきません。強弱のメリハリははっきりしていますが、威圧的でないことだけは確かなように思います。

若い人達に会え、CDショップ(タワーレコード)の企画によるらしいこのCDを見つけることも出来た昨日は、いい日でした。

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「バロックの森」のテーマ曲:ヘンデル、合奏協奏曲 op.6 10の6

朝、FM放送を聴いていたところ、いつも流れているテーマ曲の紹介がありました、「ヘンデルの合奏協奏曲」。自分の持っているCDには入っていない曲なので「はてな?」と思い、調べてみると、op.6の方。私が持っていたのはop.3。FM放送で流れているのは、パイヤール指揮のものです。ゆったりと、とても素敵にリズムが刻まれています。こうなると、演奏録音が欲しくなるのが私の常で、いろいろ調べました。パイヤールのものはオムニバスのCDのみしか出ていません。私のコレクションの仕方は、その曲の一連を纏めて入手するやリ方ですので、他の演奏録音を探すことにしました。古くはボイド・ニールから古楽器演奏まで、いろいろ出ています。ふと見ると、フルトヴェングラーの名前が見つかりました。何と、正にこの曲の演奏録音であり、しかも我が家にありました。纏めて入手した一連の中にあり、まったく気に留めることなく、聴かないままのCDでした。さすがに、パイヤール同様、ゆったりした演奏です。さらに探して、セント・マーチン・イン・ザ・フィールドの全曲盤が2種類見つかりました。我が家にはありません。古いのはマリナー指揮、新しいのはアイオナ・ブラウン指揮です。散々考えて、新しい方を注文しました。昨晩届き、同じ曲を聴いたところ、想像以上に速い演奏でした。元々の速度指定がアレグロ・モデラートですから、これが正しいのでしょう。パイヤールのは、遅すぎ? でも昔は、これでもちょっと速いと感じられる速度だったのかもしれません。

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ちょっとだけ仕事をして:ジャズを聴きながら

夕食後、家人がテレビでフィギャースケートの番組を見ている間ちょっと寝た後、少しだけ仕事をしました。なかなか纏められない報告があって、折りをみてちょっとずつ手を動かしていたのですが、今日何となく纏め方のイメージが出たように思います。そう思っていたところ、職場からe-mail転送があり、次回、関係する国際会議の案内が来ました。タイミングが出来過ぎています。しかし、今度の会合開催日程は都合がよくないので、多分欠席です。レポートだけでも、事前に送っておきたく思います。

先ほどまで私が寝ていたソファーで、家人が寝息をたてています。休み前から体調を崩し、土曜日に病院に行って来たのですが、ようやく薬が効いてきたのか、よく寝ています。私は仕事を終え、ジャズを聴いています。ギタリストPat MartinoのCDです。この人、大病をして記憶を無くし、ギターの弾き方も、自分の録音を聴いて覚え直したということです。特別なことをしている風ではありませんが、以前、寝ながら聴いていて面白い夢を見たことがあるくらい、精神的に影響を受けるところのある演奏をします。ジャズには、私にとって演奏録音が古典と言っていいくらい、素晴らしい演奏がアルバムとして残されています。ジョン・コルトレーンの「バラード」、MJPの「ヨーロピアン・コンサート」、マイルス・デイビスの「カインド・オブ・ブルー」、ビル・エヴァンスの「パリ・コンサート」。これに、どうもオムニバス・アルバムのようですが、今聴いているパット・マルティーノのアルバムが加わります。これらは、毎年、無性に聴きたくなることのあるものです。

クラシックの方で毎年決まって聴きたくなる曲としては、かつてはブラームスの第4交響曲がありましたが、最近はそれほどでもありません。似たようなものに、ベートーヴェンの第6交響曲とバッハのブランデンブルグ協奏曲があり、特に後者ではマリナー指揮の最初の録音を引っぱり出します。暮れにはチャイコフスキーの「クルミ割り人形」とベートーヴェンの第9があります。この冬も、第9は数種類聴きました。こうして見ると、クラシックの方では毎年聴くというほどの”愛聴盤”はあまりありません。同じ曲でも別の演奏を聴いてみたいと思っているせいかもしれません。最近、とみにいろいろな演奏が楽しめてしまい、これでなくては! というものがなくなって来たように思います。いよいよ人間がいい加減になって来ました。

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真空管アンプ、再び:チャイコフスキーの「四季」

夕方、音の確認をしようとメインアンプKMQ-60と、エレキットのプリアンプ(但し、フォノ回路はトランジスタ)という真空管アンプの組み合わせをつないでみました。少し音が明るい感じになり、余韻が部屋中に響く感じも僅かですが豊かになった気がします。こちらの方の真空管が劣化するまで、このまま使うことにしました。それと、2個あるオルトフォンのMC型カートリッジSPU-GEのうち古い方を出してきて、YAMAHAのプレーヤーYP-D9に付けました。針圧3gちょっとです。これも30年ほど前に買ったFRのヘッドトランスを使っています。これらのもの、家族の中で私しか価値を認めていないでしょうから、あまり大事にし過ぎることなく、そこそこに使って行くことにします。夜寝る前は、つけっ放しでもいいように、CDプレーヤーかFMチューナーとアンプPM-90、スピーカーSX-3の組み合わせにします。

01 昼間に聴いていたLP、チャイコフスキーの「四季」をまた聴いています。1月から12月までの12曲のピアノ小品から出来ています。ピアノはイーゴリ・ジューコフというロシアの人です。素敵な曲ですね。6月の「舟歌」はよく知られた曲で、柔らかく、とても情感豊かに演奏されています。他にも「秋の歌」等、素晴らしく叙情的な曲が含まれています。チャイコフスキーって本当に凄いメロディーメーカーですね。

12月が終わり1年が過ぎ去って、人生の一部は過去に沈んだけれど、人間の生活は個人的なものを飲み込みながら、季節の繰り返しの中で相変わらず流れて行く、という様なことをジューコフがライナーノートに書いています。それは1日24時間も同じことですが、ところで1時から24時までの小品集というのはあるのでしょうか。0時から23時まででもいいですが。私は聞いたことがありません。さて、私がいなくなっても、日は繰り返し、四季は移り変わって行くのでしょう。何十億年か先には、地球のある銀河系が隣の銀河系と衝突するという説はありますが。宇宙も移り変わり、とてつもなく大きな時間の流れの中で、宇宙のいとなみも繰り返すのでしょうか。

私の住んでいるところは夜空がきれいなので、時々、夜空を眺めてUFOがいないかと探すのですが、未だ駄目です。30年ちょっと前、学校を出て就職した年、仕事が遅くなり、夜、上司と一緒に外に出た時、「おい○○、あれを見ろ!UFOだ!」と夜空を指さしているのですが私には見えず、しかし当人は一人興奮している風で、冗談ではなさそうでした。今思えば、仕事のあまり出来ない×上司でしたが、そんな憎めないところのある人でした。翻って今、職場では多分私にはいろいろな評判が飛び交っているだろうと思い、一人吹き出してしまいます。でも、とにかくUFO見たいですね。メキシコシティにはよく出るらしいのですが、あそこには将来も出張の予定は考えられません。今夜は、「舟歌」を聴いてお開きです。

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ベートーヴェンのオペラ「フィデリオ」

今朝起きて、最初に聴いたのが、アンセルメ指揮のムソルグスキー(ラヴェル編)「展覧会の絵」のCDです。中学生か高校生の時にこの演奏録音をLPで買って以来、今まで聴いた他の指揮者のものに比べ、アンセルメのものが歌いすぎず、動きすぎず、今でも一番ピッタリ来ます。もっと深みのある演奏はあり得るように思いますが、幸か不幸か今のところ出会っていません。

プリメインアンプ、PM-90は特に気になる様な音も出さず、真空管っぽい「ボー」とした低音が出る等面白く使えています。AB級作動にすると少し高音が刺激的になるので、A級動作にしています。このアンプですと、A級動作でも音の位置がはっきりしています。奥行きの感じや音の厚みも出るので、違和感なく普通に聴ける感じです。

一週間程前の休みの時(その時は年始の休み中だったのですね、もう忘れました)、車の運転中にFM放送でベートーヴェンのオペラ「フィデリオ」の一部が流れていました。以前からこのオペラを映像付きで鑑賞したいと思っていて意識していたせいか、しばらく聴いていました。そして今朝、この曲のDVDを注文しました。カール・ベーム指揮ベルリン・ドイツオペラの演奏で、グィネス・ジョーンズやジェイムス・キングが歌っています。届くのが楽しみです。

Photo 我が家には「フィデリオ」全曲の演奏録音は、4種類あります。トスカニーニ(LP)、フルトヴェングラー(CD)、フリッチャイ(CD)、それとマゼール(LP)の各指揮者のものです。このオペラは”失敗作”であると紹介文で書かれてあったりするせいか、今までちゃんと聴く気がしなかったのですが、今日やっとその気になりました。フルトヴェングラーとトスカニーニのもののそれぞれ最初の方を聴いた後、通して聴いたのがマゼールのものです。レオノーレ/フィデリオ役のビルギット・ニルソンは、他の曲の時と同様、強い声も出ますが私には可憐な声に聴こえます。どうも世評はそうではないようですが。ロッコ役のクルト・ベーメは、ヨッフム指揮によるモーツァルト「後宮からの逃走」の演奏の時と同じく、独特の声質・音の切り方等があって楽しく聴けます。マゼールの指揮でウィーンフィルの演奏が激しく動くところがあるのも、面白いものです。

マゼールのLPを聴いた後、フリッチャイのCDの最初の方を聴きました。序曲が終わって歌が始まった途端、マゼールの時以上に、まるでモーツァルトの「後宮からの逃走」のような雰囲気を感じました。まだまだ、「フィデリオ」のイメージを捉えられていません。フリッチャイの演奏では、ドン・ピツャロ役をフィッシャー=ディースカウが歌っていますが、どうも少し”わざとらしさ”を感じます。歌曲の時はあまり気にならないのですが、オペラでは、しっくり来ないことがあります。

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今度はPM-90:シューベルトのピアノソナタ、他

ステレオの音は大変綺麗なのですが、やはりどこか物足りない感じがして来ました。今度は、家人が電気ピアノ用に使っていたマランツのアンプ、PM-90を使ってみることにしました。以前、LE-8Tにつないだところ、ざらついた音がしたので、どうかなと思ったのですが、とにかく試してみることにしました。2階から降ろして来ましたが、重量27kg、ものすごく重かった。すごく安定感のある音ですが、堅い音です。電気ピアノ用にはPM-88aSEをつないでおきましたが、明るい音になりました。

さて、1階の方は音が沢山聴こえて来るのですが音が堅く、このままでは気になります。ここでまた気づいて、ACのプラグを差し替えてみることにしました。音が柔らかくなり、広がった感じがします。ちょっと調べてみると、このアンプにはACプラグの極性確認が出来るネオンランプが付いているではありませんか。確認してみると、差し替えたのが正解。どうも、以前LE-8Tを鳴らした時は、極性が逆だった様です。今、気にならない”普通”の音で鳴っています。このアンプも終段の駆動をA級/AB級の切り替えが出来ますが、AB級の方がよく聴こえます。僅かですが、どうも歪みがあった方が音がはっきりします。

ツェヒリン演奏のシューベルトのピアノソナタをCDで聴いていますが、音は特に明るいと感ずるほどでもなく、バランスの良い落ち着いた音になっています。音像は締まった感じになっています。それにしても、このCDは音も演奏も良く、聴いていて少しも飽きるところがありません。音の確認のため、アンプを取り替える前に聴いていたマルクジンスキーの演奏によるショパンのピアノ・ソナタ第2番のLPを聴いてみると、雑音とピアノの音がきれいに分離して聴こえて来ます。こちらの方は、音が少し明るくなった様な気がします。さて、またまた気が変わるかもしれませんが、しばらくこのアンプを使ってみます。

4日は、夕方、少し家の周りを走りました。昨年末、すっかりくたびれていましたが、体調が戻って来ました。今年がいよいよスタートしました。

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趣味のような仕事:ショパンのマズルカを聴きながら(ピアノ:マルクジンスキー)

2日は金曜日、月曜が仕事初めなので、2日だけが残りの年末年始の休みと言うことになります。3日(土)は、私にとってはいつもの週末という解釈になります。貴重な休みです。受け取った年賀状への返信を書いた後、家人と二人、それぞれ今年の目標を話しました。仕事のこと、それ以外のこと。

職場では何かと集中出来ないので、この休みの間に家でやろうと思って持って来た仕事を、少しやりました。仕事で英語による会議のロールプレイを行った際、その時の様子をビデオで撮りましたので、それを教材用に編集する作業です。ロールプレイの企画はもちろん、撮影も録音も自分で行いました。撮影よりも、上手に録音することが大事で、マイクのセッティングにも注意しました。オリジナルの撮れ具合は上々です。

オリジナルは全部で4時間以上ありますが、会議の司会役にだけ教材としての使用の許可を取っているので、その人が話している部分で、教材としての価値のありそうな部分を抜き出し、50分ちょっとにまとめました。もちろん、私の姿や声はすべてカット。出演に耐えられません。我が家のPC環境を整えておいたので、途中トラブルも無く編集出来ました。ディスクにも焼きました。とにかく、私にとってはとても楽しい作業です。職場の情報システム担当部署に持って行って、動画とテキストを同時に見せるソフトを使ってもらい、再編集する予定です。結構貴重なものが出来ると思います。但し、売り物にはしない予定です。

01 以上の作業中、1914年ワルシャワ生まれで、ショパン弾きとしてとして有名だったマルクジンスキーのピアノで、ショパンのマズルカを聴きました。中古で買っておいたLPです。ルービンシュタインやステファンスカに比べ、構成のがっちりした、ちょっと堂々とした02 マズルカになっています。それにしても、ショパンのマズルカって、いいですね。作業が終わりに近づき、ディスクを焼きながら聴いていると、ぞくぞくして来ました。こんな時は、何を聴いてもハッピーかもしれません。それから、2日の午後、居間の電球を買いに車を運転していた時、FM放送でキーシンの弾くベートーヴェンの皇帝が流れて来ました。コリン・デイヴィスとのCDです。車の中で聴くと、ライブ録音っぽく聴こえていました。家に戻り、居間の電球をいくつか取り替えたところ、部屋が少し明るくなり、少しだけ雰囲気が変わりました。これが、せいぜい家での私の年越し・新年の作業です。

クリスマスに聴かなかったバッハのクリスマス・オラトリオ、改めて聴きたくなりましたので、そのCDの1枚目を聴きながら、今夜は寝ることにします。ペーター・シュライヤー達の演奏です。寝室においてあるオーディオのアンプはアキュフェーズのE-305Vで、定位がしっかりしていて堂々とした、丁度マルクジンスキーの演奏のような音をスピーカーに出させます。今年もアキュフェーズから年賀はがきが届きました。いい仕事をしていると思い、感心します。

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はや2日になりまして

受け取った年賀状を見ながら返事の年賀状を出す、これが私の流儀です。あまり年賀状の交換は好まないので、出来るだけ少なくしています。職場から来たものは、職場でお礼を言って済ませます。中学校や大学の恩師、久しく会っていない札幌の親戚、以前の職場で本当にきつかった時に助けてくれた先輩や同僚、それと何年も会っていない友人達に出す程度です。米国留学当時の友人達にはe-mailを送ります。

01 ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートを録画しながら別の番組を見ていたら、ちょっと気になるピアノ曲がバックで流れて来ました。サティの曲のようでした。家人も気になったとのことで、チッコリーニのCDを聴いて調べたところ、偶然すぐに分かりました。グノシエンヌ(と発音するのだろうと思いますが)第1番でした。家人に聴かせると、別なことで発言し、トランジスタ・アンプだと音が”ばあっと”沢山聴こえて来て疲れ、真空管アンプだと”ぼあっと”した中で大事な音が聴こえて来る、のだそうです。確かに、どこかの店のオーディオルームでの音みないな音がしていたので、アンプの終段の作動をAB級からA級に切り替え、ちょっと”ぼあっと”させました。刺激が減りました。

丁度0時にビールを買い足しに外に出たら、目の前の空に北斗七星が見えました。ちょっと左を振り返るとオリオン座が見えました。東京から快速電車で1時間半のところですが、星はよく見ることが出来ます。家に戻る途中、そろそろ”ぽつりぽつり”と仕事を開始しようと思いました。昨年は10月以降、オーバーワークと加齢の影響で滅茶苦茶調子が悪く、毎日騙しだまし過ごして来ました。数年前までは、多分、数人分の仕事をこなしていたと思いますが、今、管理職を二つ担当しているだけですが先の読みやアイデアの出方が弱くなって来たようです。昨年暮れ近くから、自然に今の自分に合った仕事の仕方に切り替えて来たように思いますが、今年はもっと進化させましょう。暮27日からの休みで、体調がだいぶ戻って来ました。

02 今、チッコリーニのCDから、以前フルート用の編曲で練習したことのある曲が聴こえて来ました。譜面は簡単なのですが、とてもこんな風な印象になるようには、私はフルートの音をコントロール出来ません。その昔、バッハの無伴奏チェロ組曲の中の一曲(サラバンド)のギター編曲を練習していた時、カザルスの演奏録音を聴いて参ったことを思い出しました。ちょっとしたことで、音楽が変わります。そのちょっとしたことを連続させ、繰り返すことが出来る演奏家の凄さに恐れ入ります。家人は、そういうことが出来る人にはどうってないこと、と簡単に言うのですが。

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2009年になりました・・・

昨晩次男が来て、今日10時頃帰って行きました。長男は体調不良で来られず、今朝電話で新年の挨拶を交わしました。札幌にいる母にも電話で挨拶し、今年の健康を祈りました。我が家ではこのようなことでもなければ、特に新年を迎えても普段と変わりありません。

次男は、今年は某音楽大学大学院の2年目になります。親としては、次の年にはどこかに就職をと願うのですが、本人にはあまりその気はなさそうです。1年毎、目標を持って努力するよう言うだけです。長男にはそろそろ結婚をと考えているのですが、そう簡単には行きそうにありません。紹介する場合、当人同士の気持ちの問題に加えて、現実問題として働く場所の問題があります。日本が転職しやすい環境であれば、どちらかの転勤に伴って、もう一人が転職して一緒に暮らせるのでしょうが、いわゆる正社員の場合はなかなかそうは行かないの現実です。働きながらの子育ての問題もありませす。

若い働き手が乏しくなって来ている中で、このところの景気後退の影響で新人採用が見送られていることは、不思議でもあり、残念でもあります。かく言う我が職場では、トップが学卒採用よりも即戦力を図るため中途採用を重視したい旨の意思表示をしています。どうもこのところの若手育成失敗の経験が、その様な発言をさせているようですが、計画性を感じさせる説明の上での発言が欲しかったと思う次第。即戦力になる人が周りに見あたらないという現実もあるので、何ともはやです。どんどん年寄り職場になって行きます(若い人が来る来ないに関わらず、60才前後の人がモチベーションをもち続けてまだ働き続けることを前提にしなければ、我が職場が成り立たないことも事実です)。給料はそこそこでも、食べて行くのに不自由しない状況に日本はなっていますので(但し、今話題になっている期間契約社員の解雇の問題等、地域や業種による差はあります。)、男女とも結婚後も自分らしさを保って働ける就業環境が大事なのではないかと思います。本当は、ゆとり教育ではなく、ゆとり仕事の方を志向するのが、よかったのではないでしょうか。どうも、自分らしさを基礎とした”ゆとり”でなければ、”向上”にはつながらない様です。私がこんな風なので、息子達もマイペースなのでしょう。しかし、見た目には当人達は”ゆとり”どころではなさそうです。マイペースであれ、生きて行くのは何かと大変なのですね。でもまあ、生きていること自体奇跡のようなものなので、一日一日を大事にしたいですね。

さて、”ハルくん”さんのブログ(http://harucla.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/op61-82ae.html)でベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の演奏録音を取り上げておられたので、自分がこの曲を聴きたくなったときに取り出して来たものを思い出すことにしました。最初に買ったオイストラフとクリュイタンスによるLP、抜群の安定感、自分には当たり前過ぎる演奏で、かえって最近聴いていません。クライスラーの古い演奏録音も、ヴァイオリンの歌い回しが魅力的でした。クレンペラーのバックで、語るような演奏をしたメニューインの演奏は、聴き応えのあるものでした。私は、決してこの人のテクニックには不安を感じないのですが、さすがにケンプのピアノで晩年に録音したベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタは、聴いていてキツイものがあり、ケンプのピアノだけになった部分で、ほっとしたものです。私の大好きなヴァイオリニスト、ミルシテインはラ02インスドルフのバックで1961年に録音しています。相変わらずいい音色で素晴らしく切れ味の良いヴァイオリンです。ラインスドルフの指揮は、ちょっとしたリズムの処理や強弱の付け方にこの人らしさが現れているようですが(この指揮者のメンデルスゾーンがあまりにも素晴らしく、贔屓目(耳?)で聴いています)、この曲では伴奏に徹してしまったように聴こえます。尚、このCDにはブラームスのものも入っていますが、こちらはフィストラーリが指揮していて、ヴァイオリンの演奏と一体になって表現している感の強い、とても雰囲気のある演奏になっています。

追記:自分の場合、演奏録音から受ける印象が、時と共に変わることを経験しているので、演奏について書く場合にはLPやCDを引っぱり出して確認することが多いのですが、メニューインとクレンペラーのCDが見つからず、上に記憶をもとに書きました。2度目に探して、やっと見つけました。駄目ですねェー、全然脈絡のない並べ方になっているところにポツンと置いてありました。大抵は、作曲者、演奏者、レーベル等、何らかの共通点のあるところに置くようにしているのですが。オケは出だしから、すぐそれと分かる立派な演奏を繰り広げています。フレーズに合わせて動くテンポの設定具合がそう感じさせるのでしょうか。こんなバックの中で、メニューインは、一つ一つの音に意味を持たせるかのような演奏をしています。いつまでも聴き続けていたい...そんな貴重な時間が持てる特別な演奏になっています。演奏が終わった時、大喝采の拍手の音が入っていないのが、不自然に感ずるほどです(スタジオ録音ですので、無理ですけど)。録音ですので、また聴くことが出来る有り難さを覚えます。これ、企画した人、録音した人に本当に感謝します。

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普通の音:懐かしいLPを聴きながら

20才前後の頃、よく聴いていたLPの1枚がサイモンとガーファンクルの「明日に掛ける橋」です。ピアノ伴奏による1コーラス目の後、電気ベースが入って来て、延びの良い低音が部屋に響きます。この頃聴いていたLPには、リパッティと間違われていたステファンスカ女史のピアノによるションパンのピアノ協奏曲第1番、それとジャズ・ピアニストのマル・ウェルドロンのピアノ・ソロ「オール・アローン」があります。それぞれ、何度聴いたか分かりません。それぞれ、ほとんど1年間に渡って毎日聴いていたように思います。一旦行った大学を2ヶ月ほどでやめて、再受験の準備をしていた頃です。今思えば、音楽を大変な入れ込みようで(思いこみで)聴いていたようにも思います。よく言えば、感受性豊かにですが。その意味では、今はとても鈍感になっている一方、準備状況や舞台裏等に気づくようになっているように思います。素直でなくなったのですね、要するに。

今、レイボヴィッツ指揮、ロイヤル・フィルによるベートーヴェンの第9、第4楽章を聴いています。これは、リーダーズ・ダイジェストから出ていたLPで、中古で見つけました。語りっぽい例の出だしの低弦の速度が早く、これってオリジナルの速度に戻した演奏と同じ、と思わせるものがあります。素晴らしく主張というか強い表現が続き、一気に聴かせるものがあります。独唱陣も見事なアンサンブルを奏でています。バリトンが、いささか表現が大袈裟で、いわゆる時代がかっているところがありますが、アンサンブルになったときは普通に歌っています。強いドライブの掛かったレイボヴィッツのこの演奏は大変見事なものだと思います。ティンパニと別に大太鼓の音もそれらしく床を伝わってくる感じで、録音も良いものです。解説を見ると、独唱者達の録音風景の写真が載っているのですが、実際の録音における列びと逆になっています。写真の左右を間違えて掲載したのではないかと思ったのですが、上着のポケットの位置や前の重ね具合が普通なので、そうでもなさそうです。不思議な写真です。

上記のLPを聴いたのは、昨日、真空管アンプで聴いたLPだったからで、比較のために聴いた次第。特に気になるところのある音もせず、普通の音ですが、色彩感や存在感のようなものは欠けておらず、物足りなかったり、つまらなかったりする音でもありません。音を止めた時に、部屋の内外からの音に違和感を覚えない普通の音がします。トランジスタ・アンプでも、演奏の良さはよく表現されていますので、当分、このアンプ(PM-88aSE)を使うことにします。

今日、ステレオのチューニングと併行して行っていたのが、ラーメンのスープづくりです。5時間掛けて出来ました。イカは入れずに、豚骨、鶏ガラ、昆布、混合削り節、人参、長ネギの緑の部分、生姜、ニンニクを使いました。入れる量とタイミング、それと火加減は、今までの経験則。部屋中、いい匂いが漂っています。こんなことをしながら、かつては感受性が豊かだったらしい人が、また年を越します。

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しばし、トランジスタ・アンプで:シューベルトのピアノソナタ(ピアノ:ツェヒリン)

時々コメントを頂いているsawyerさんのブログで紹介されたディーター・ツェヒリンという旧東独のピアニストによって、1970年代に録音されたシューベルトのピアノソナタ全集を、少しずつ聴いています。HMVの通販で今日届いたものです。CD8枚セットです。ブリュートナーというピアノを弾いていて、それがとても綺麗に響いています。録音も良好です。いいものが入手出来ました。

ところで、今朝、どうもステレオの音が少し歪みっぽいのが気になり、真空管アンプ(SQ-38FD)を調整してみましたが、少し大きい音を出すと歪みが目立つ状態が変化しません。恐らく、真空管の経年変化で両チャンネルとも終段のバランスが崩れたのではないかと思います。予備のKMQ-60を使うことも出来ますが、ここは暫く久しぶりにトランジスタ・アンプを使うことにしました。まず、使っていなかったSANSUIのAU-α607XR。明るく、低音の延びた音です。悪くはありませんが、細かい部分が出て来ず、ちょっと不満が出ます。次に、もっぱら家人が使っている小さな部屋においてあったマランツのPM-88aSEを、持って来て繋ぎました。こちらの方が、少し細かい部分も聴こえて来るので、不満を覚えません。これら二つのアンプは共に柔らかい音がしていて、その意味では真空管アンプに近いのですが、真空管アンプに比べ、音を作っている感じを意識させます。真空管アンプは素材(素子)で勝負出来ている感じがします。歪みのない音に耳が慣れると、どんな風に聴こえてくるか、ちょっと面白そうなので、しばらくこのアンプを使おうと思います。

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ブーレーズ指揮のワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」

01 昨日から、LDでブーレーズ指揮のワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」を聴いています(1980年の演奏)。但し、とてもこれだけの作品について、隅々まで意識して聴くパワーを持ち合わせていないので、ずうっと座って聴いているわけではなく、飛びとびで聴いています。従って、ハイライトで聴いているようなものです。「ラインの黄金」、「ワルキューレ」と聴いて、今は「ジークフリート」の最初のところ。

LDですから画面を見るのも面白いのですが、何せ凄くエネルギッシュな歌唱が続きますので、音の方へ意識が行きます。オケは、響きがと言うより、演奏そものものがクリアな印象があります。このような演奏も好きです。改めて画面を見ると、服装やヘア・スタイル等から、何だかイタリア・オペラを観ているみたいな気分になって来ます。歌っている人達は、そんなことに関係なく、音楽に没頭しているように思えますが、バイロイトを長年観て来た人達には、演出の意図するところにも気が行くことだろうと想像します。音楽という抽象化されたものと、舞台という現実のものから受ける印象のズレは、最近よくイタリア・オペラのTV放送を観て感ずるところですが、ブーレーズのものからは、もうこちらも慣れて来たせいか、あまり強い違和感は覚えません。あるいは、単に私が鈍いのかもしれません。演出のことに関心が行く前に、グィネス・ジョーンズやペーター・ホフマンが歌っているのを聴き、やはりこの当時、華のあった人達だったと思い、変に懐かしい気持ちになりました。

”華”や”盛り”というのは普通の仕事の場合にも感ずるもので、今、高齢者の就労について話題が多いですが、やはり現実問題として、ピークを過ぎて下り坂にある人が働くことについては、考えることが多いと思います。去年出来ていたことが今年は出来なくなる、気持ちと身体のアンバランスに気づく、日々ちょっとしたパターン認識に誤りが多い(見間違い、聞き間違い、言い間違い)、等々。今、自分自身のことに目をやると共に、職場の先輩達のことに思いを寄せると、考えることが多いです。若い人の育成と共に、年輩者の就労についても、よく対応を考えておく時と思います。

ワーグナーの「リング」は、ブーレーズのLDの他に、LPやCDで8種類持っています。その中で一番よく聴いて来たのが、ハイティンク指揮のものです。理由は、聴いていて疲れず、適度に集中を保ったまま、聴き続けることが出来るからです。カラヤン指揮のものも、響きが綺麗で、聴き続けやすいと感じています。このような聴き方は適切ではないでしょうが、趣味のことで無理はしたくないので、とにかくマイペースで行くことにしています。

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DV-610AV、さらにその後

DSD信号をどのようにPCM信号に変換するのだろうと考えていて、よくわからなかったのでインターネット検索したところ、面白い情報が見つかりました。とにかく、DSD信号をPCM信号にするICチップが安価で出ていることが分かりました。そして、さらに次のサイトで、とても貴重な情報を得ることが出来ました。

http://www38.tok2.com/home/shigaarch/OldBBS/19SACD.html

DSD信号をアナログ出力する際に、50kHz以上の成分が機器等に悪影響を与える恐れがあるため、デジタルフィルターで50kHz以上を減衰させる方法を取っていることが多いと思います。このデジタルフィルターの使用の有無が再生音に影響を与えることは、その理屈はともかく、実際に経験することです。DSD信号をPCM信号にした後にアナログ信号にする場合には、デジタルフィルターを使うことなく、44kHz以上がカットされます。つまり、DSD信号をPCM信号にした後にアナログ信号に変換する方法の場合、DSD信号本来のストレートな変換ではないものの、デジタルフィルターを使用するデメリットは回避できます。しかも、PCM信号のアナログ変換の方が、音作りしやすいとも言われています。メーカー側から見れば、DSD信号専用のD/Aコンバータを別途使うことなく、さらにデジタルフィルターを使用する必要もなくなる訳ですので、DVD信号をいったんPCM信号にしてD/A変換することに、コスト上のメリットがあります。実に、いいアイデアだと思います。一方、こう考えて行くと、DVDオーディオは、良い音を出すのに適した実際的な方式のように思えて来ます。とにかく、このプレーヤーは安価ながら多くの機能を備えており、アイデアの塊のようなプレーヤーではないかと思います。

一概にDSD信号をPCM信号にした後にアナログ信号に変換する方式が、DSD専用のD/Aコンバータを使った場合に比べ音質上劣るとは限らないらしい、と思えて来た訳ですが、では実際の音はどうか? 我が家ではCDもよく鳴っているので、CDとの差は微妙ですが、太い低音の延びや録音会場の空気の流れを感ずるようなSACDの特徴は出ています。SA8260を使った時は、もう少し透明感があったように思うのですが、その時とアンプが違うので、これも一概に差を付けられないところです。

Photo 木村大(きむら だい)のギターをSACD「THE CADENZA 17」で聴いていますが、弦を弾く音がギターの胴に共鳴している感じがよく出ています。音色はちゅっと枯れた感じで渋めに聴こえます。これが元もとの音なのかは分かりませんが、こういう音のギターがあっても不思議ではないものの、ステージでは映えないように思います。木村大のもう1枚「駿馬」のSACDを聴くと、こちらの方は明るい音になっています。写真では判然とはしないのですが、同じギターではないかと思うので、録音の仕方の差のように思います(弦の違いでも音色が変わりますが、プロともなれば、ギターに一番合った種類の弦を探して、同種の弦を定期的に新しいものに交換しながら使用し続けるでしょうから、弦の影響はないと想像)。前者は、かなりギターに近いマイクで録っているようですが、後者は少し離れて録っているようで弦を弾く音と胴の共鳴が一体、と言うより胴の音がもっぱら聴こえて来ます。また、前者は最初から最後までDSD、後者はオリジナルの録音はDSDではないデジタル録音です。それにしても、木村大は素晴らしいギタリストです。恐ろしくよく動く指を持っていて抜群のテクニックですが、ギタリストにありがちな早弾きの癖が目立たず、情感をたっぷり出して弾いています。

追記:先に、morzart1889さんのコメントへの返信に、DV-800AVはDSD専用のD/Aコンバータが付いていると書きましたが、専用ではなく、PCM信号用にも使うものでした。誤った記述で、失礼致しました。それと、このコンバータがDSD信号を途中PCMに変換することなくアナログ出力しているのかどうかも、よく分かりません。どうも、一旦PCM信号にしているように思うのですが。

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DV-610AV、その後

仕様には書かれていないのですが、インターネットで検索して調べてみると、やはりDV-610AVはDVD専用のD/Aコンバータは使っておらず、88.2kHzのPCM信号に変換してから、PCM用のD/Aコンバータでアナログ変換しているとのこと。つまり、DVDオーディオを聴いているようなものです。せっかくのDSD信号が勿体ないと思います。さて、音に色彩感が乏しい感じなので、ディスク・スタビライザーを外してみました。奥行き感が減りCDっぽくなりましたが、高音が賑やかになり、バランス上はこの方が好みです。しばらく、ディスク・スタビライザーなしで使ってみようと思います。この時、試聴に使ったのがマレイ・ペライヤのピアノと指揮、ヨーロッパ室内管弦楽団によるモーツァルトのピアノ協奏曲第21番のSACDです。ペライアのピアノも、デリケートな感触で響いています。

オーディオ装置をいじる時は、とにかく理屈抜きで自分の好みになるようチューニングします。プレーヤー等とアンプの接続コードも、プラグに金メッキを施したものは、音の角がとれたような感じになってしまい、それが気になるので、少し音に角が出て、時にぎらぎらした感じになりますが、金メッキなしのものを使っている場合もあります。但し、装置によっては特に変化のない場合があって、金メッキしたものを使っているのもあります。ある時、コードをいろいろ交換して音の変化を確認しながら一番気に入る状態にしようと、僅かな変化を”確認”しながら試していた時、実は別のラインのコードを交換していたことに気づきました。音が変化する訳はないのに、”確認”していた自分は一体何だっただろうと唖然としました。それほど、”思いこみ”の影響が強いことが分かった次第。ですから、上記のD/Aコンバータの件も、出ている音に不満がなければ良しとしようと思っています。

24日の夜は、ビーチャム指揮、ヘンデル「メサイア」のCDを聴きました。眠かったので、1枚目だけ聴きました。久しぶりに聴きましたが、とっても堂々とした演奏で、ジョン・ヴィッカースのテノールも太く響く立派な歌唱でした。私は大抵のものは楽しめてしまうのです。しかしながら、実は家人はバッハの「クリスマス・オラトリオ」を聴きたいと言っていたので、最初はそのCDを掛けていたのですが、どうもピンと来ず、「メサイア」にしました。その時の”気分”にも忠実なのです。

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SACDプレーヤー不調、そして・・・:キーシンの「皇帝」を聴きながら

SACDは、日本マランツのSA8260とSA8400で聴いて来ましたが、今ひとつ作動が不安定でした。特に最近は、SA8400はSACD/CDのハイブリッド盤の認識が出来ず、エラー表示が出るようになりました。CDをかけても、音が歪んでいる感じがします。遂に堪らず、SACDプレーヤーを修理に出すか、あるいは買い直すことにしました。調べてみると、DVDビデオ再生用のプレーヤーで、DVDオーディオとSACDも再生できるものが1万数千円で売られており、早速注文しました。パイオニアのDV-610AV、昨晩届きました。随分とコンパクトで軽いのに驚きました。SACD認識等の反応は良好です。音質は、少し薄い感じで、透明感も今ひとつの様な感じがします。しかし、ケースの上に重しを乗せ、緑色のプラスティック・シート製ディスク・スタビライザーを乗せて使うことで、かなり良くなりました。今のところ、快適に作動しています。

01 エフゲニー・キーシンのピアノで、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」を聴きました。1997年にレヴァイン指揮フィルーモニア管弦楽団と録音したSACD、それと丁度02 10年後の2007年にコリン・デイヴィス指揮ロンドン交響楽団と録音したCDです。久しぶりに聴いた前者のSACDは、さすがにいい音がします。この録音は、店に行った時にCDが流れていて、あまりに綺麗なので思わず買ってしまい、後にSACDで出たときに買い直したものです。よく聴くと、少し弦の数が少ないように聴こえたり、低音の延びがあまり感じられなかったりしたので、アンプとの接続を、短いコードに換える等したところ、まだ音の厚みは希薄ですが、だいぶ良くなりました。機器の使いこなしは必要ですね。後者(2007年録音)のCDも、結構いい録音です。録音データには何も書かれていませんが、元々の録音はSACD用のDSD録音ではないかと思うほど、録音会場の雰囲気(音場)の中で音がくっきりと聴こえて来ます。SACD再生に関しては、高級感を覚えるような低音が延びた(いわゆる)ピラミッド型ではなく、すっきりした音がします。このあたりは、このプレーヤーがDSD専用のD/Aコンバータではなく一旦PCM信号に変換してPCM用のD/Aコンバータを使用しているらしいので、その関係もあるのかなと思います。SACDの特徴である”空気感”や奥行き感も、あまり感じられません。でも、ケースの上の重しの量で、高音低音のバランスについては少し調整が出来そうです。とにかく作動が安定しています。信号をなぞるサーボの力が強いと音がつまらなくなる、と言うことを聞いたことがありますが、このプレーヤは細かい響きもそこそこに聴こえる感じで、そう不満は感じません。同軸系と光系のデジタル出力も備えており、よくぞこの値段で作ったものと感心します。

さて、キーシンの二つの「皇帝」の演奏録音は、それぞれ特徴があります。1997年録音は、オーケストラ共々堂々としていて、輝くような響きがあります。一方、2007年録音は、デリケートな面が強く出た演奏になっています。これは、オーケストラの方にも言えることで、第2楽章など両者相俟ってまるでショパンの曲のように聴こえて来ます。それにしても、この時代にあって、キーシンは希望の星というか、我々と共に生きる貴重な音楽家であると思います。

追記:夕方、「もしや」と思って、電源コンセントを差し替えて極性をかえてみたところ、SACD再生音に奥行きと低音の延びが出て、かなりSACDらしい音になりました。スピーカーのある側の壁の周りに音場が前後左右に広がって出来ました。CDの方も同様の変化が出ました。安っぽく聴こえていたティンパニの音も、気にならない響きになりました。このプレーヤー、なかなかのものと思います。

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オイゲン・ヨッフム、バッハ「ミサ曲ロ短調」他

オイゲン・ヨッフムという指揮者は、モーツァルトのオペラ「後宮からの誘惑」でメルヘンっぽいチャーミングな演奏を聴かせるかと思えば、宗教曲をよく聴かせる演奏もする、今思えばちょっと不思議な指揮者だったように思います。あるいは、共に演奏家の純粋な気持ちが為せる演奏だったのかもしれません。

02_2 バッハの「マタイ受難曲」と「ヨハネ受難曲」では、私は後者の演奏が特に印象に残ります。コンセルトヘボウの出だしの分厚い弦の響きに耳をそばだててから、この長い曲を一気に聴き通してしまえるような力を覚えます。もっとも、「マタイ受難曲」の方は個別のアリア等で印象に残るものがあるので、私の場合一気に聴き通すということが少ないのですが。

01_2 「ミサ曲ロ短調」(オケはバイエルン放送交響楽団)も、深い祈りを覚えるいい演奏だと思います。それほど良い録音ではないのですが、いつ聴いても自然に音楽に集中できる響きがあります。ロリン・マゼールのちょっと刺激的な演奏と共に、この曲を聴くときによく引っぱり出すLPです。以上のバッハの代表的宗教曲においては、リヒターの指揮したものは、私には響きが強すぎて、あまり繰り返し聴いてはいません。もちろん、立派な素晴らしい演奏であることには違いありませんが。蛇足ですが、リヒターの指揮した演奏録音で気に入っているのは、モーツァルトのフルート協奏曲第1番や第2番です。フルートはオーレル・ニコレ。曲の魅力が過不足なく表現されていると思います。

ヨッフム指揮のブルックナーの「テ・デウム」の演奏もとても印象に残る素晴らしい演奏だと思います。アイヒホルン指揮によるブルックナーの交響曲第9番の第4楽章(復元版)のCDを聴いた後に、「テ・デウム」を聴くと、繰り返される同じ音型が出てくるので、違和感なく宗教音楽の方に入って行きます。もともとブルックナーの交響曲は宗教曲っぽいところがありますが、特に第9番は、宗教曲への架け橋のようなものだったのかもしれません。それにしても、第4楽章(復元版)を聴いて以来、ブルックナーを聴くことが随分少なくなってしまいました。他の曲の印象が弱くなるほど、それほど、この復元された楽章は強烈な印象を私にもたらせました。

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近況その後

同僚の急死に伴い管理職を兼務することになったため、忙しいんだか、それほどでもないんだか、よく分からない日々が続いています。とにかく、通勤及び体力の関係で遅い時間まで働ける状況ではないので、延ばせる仕事は、後回しにして帰って来ます。それでも、家で寸暇を惜しんでパソコンをいじったり、音楽を聴いたりしているのが、私らしいところです。こんなことをしているので、今夜もどうやら居間のソファーは家人に先を越されて占領され、家の中のどこかで寝る羽目になりそうです。

今、モーツァルトのピアノ三重奏曲のCDを聴いています。第1番から第6番まであります。演奏は、カール・ズスケ(Vn)、ワルター・オルベルツ(pf)、マティアス・ブフェンダー(Vc)です。ドイツ・シャルプラッテン、1988年、1989年録音です。このCDは、何か聴きたいけど特にこれをと思い出せない時に、よく聴くCDです。久しぶりに聴いていますが、やはり素敵な音楽です。結構快活な楽想が多いのですが、気持ちが落ち着いて来ます。ピアノが主役のように思います。なるほど、”ピアノ”三重奏曲な訳です。

昨晩、PC用のグラフィックボードが届き、早速使ってみたところ、ブルーレイディスクが大変快適に再生されるようになりました。PCにブルーレイディスク用の外付けディスクドライブをつないでいるのですが、安定して動くソフトウェアや、今回のような環境づくりが必要で、いささか出費が嵩みますが、趣味心には適度の刺激になっています。PCの方の環境も整い、TV側のD端子不足も、D端子用の延長ケーブルを入手して手元で簡単に差し替え出来るようにしたので、やっとハイビジョンで遊ぶのに不足がなくなりました。

そうこうしているうちに、CDが終わってしまいました。さて、後1週間でクリスマスです。クリスマス・ソングを聴くのに、一番いいタイミングです。今夜はクリスマス・ソングを聴きながら寝ることにし、明日また、ちょっと仕事で頑張ってみようと思います。

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近況

この時期、一番楽しみに聴くのは普通のクリスマス・ソングです。ビング・クロスビーの歌う”ホワイト・クリスマス”とか。電車の中でポータブルCDプレーヤーとノイズ・キャンセラー付きのイヤフォンで聴いていると、何ともいい気持ちです。

止せばいいのに、又またDVDレコーダーを入手してしまいました。これで、我が家には3台のDVDレコーダーがあることになります。1台目は、アナログ放送用で、とにかく記録をとることが目的で中古で買ったもの。使いやすい上に、何とDVDオーディオの再生も出きるものです。2台目は、デジタル放送用で、ビデオムービーの編集機能の高いものですが、基本的にハイビジョンのデータを外部に機器やディスクに移せません。今回入手した3台目は、ブルーレイ・ディスクやDVDを使ってハイビジョンのデータを外部の機器やディスクとやりとり出きるものです。これらの他に、ハイビジョン・ビデオムービーの編集用に今夏に入手した新PCが手元にあります。

以上、私には結構な出費でした。こうなった背景には、いろいろやってみたい処理を行うには各機器の機能が個々には十分ではなかったことや、機器間のハイビジョン・データ処理に関する規格が共通になっていなかったことがあります。特に後者の、いわゆる”標準”が現在も、まだ十分には整備されていないと思います。しかし、以上のような懸念は残るものの、約2時間のハイビジョン画像データを圧縮してDVD1枚に入れたものを見ても、オリジナルと比べてあまり違和感を覚えないほど、確かに技術が進んでいると思います。

最近、ラーメンづくりを、あまりしていませんでしたが、ひょんなことから行いました。先週、熱が出たため、1日休んで家にいました。当初食事も出来ないほどでしたが、夕方少し具合がよくなって来た頃に、ラーメンを作って食べました。以前イカも使って作ったスープを冷凍しておいたので、それを使った醤油ラーメンです。久しぶりに使ったスープだったので、あれ?と思うほど美味しく感じました。

このところ、LDでオペラを観ています。その中で一番印象に残っているのは、カール・ベーム指揮のR・シュトラウス「エレクトラ」です。何とも”おどろおどろ”していて理解し辛く、改めて体調を整えて聴き直そうと思う次第。なお、クリスマスの後には、手元にあるワーグナーの「リング」のLDを観る予定です。指揮は、ブーレーズです。

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アンドレ・クリュイタンスの音楽の深さ

01 ほとんど毎日訪問しているブログ、「クラシック音楽のひとりごと」で紹介のあった、アンドレ・クリュイタンス指揮のビ02ゼー「アルルの女」、それとラヴェル「ボレロ」を聴いていま す。オケは共にパリ音楽院管弦楽団。洒落た雰囲気を楽しむというような感じではなく、落ち着いた、深みを感じさせる演奏です。このような印象は、カール・ベームの演奏録音に通じるものがあります。

01_2 このところいささか仕事が忙しく、遅くに家に帰って来るのですが、寝る前の僅かな時間、このような演奏を聴くと、本当にホッとします。今夜は下の部屋で音楽を聴きながら寝ようと思っていたのですが、昨夜同様、家人に先を越されて場所(ソファー)を占拠されてしまいました。上の部屋で、またルドルフ・ケンペ指揮のチャイコフスキー「交響曲第5番」を聴きながら布団にくるまって寝ることになりそうです。寝る前、このような贅沢な時間を持てて幸せな気分になれることが、私に大変貴重です。どんなに忙しくても、寝る前に30分以上は自分らしい時間を持つこと。これが私には大事なことです。

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中古LDと中古LP

最近、中古LDを集めています。ハイビションを見慣れた目には、LDの画質はかなり見劣りするのですが、LD発売時の値段の1/5~1/10で入手出来るので、DVDより安いものには思わず手が出てしまいます。中古で買ったLDプレーヤーの値段分は既に回収したと思います。とにかく、中古LP同様懐かしいいい演奏を入手しやすいのですが、これも同様に家の中での置き場に困っています。

01 最近少し忙しかったので今朝は8時過ぎまで寝ていて、昼から職場に出ていました。夜、帰ってから、沢山ある未聴LDの中から何を見るか考えて、今、ホセ・カレーラスの1990年グラナダ音楽祭のLDをかけています。トスティ他、とても素晴らしい歌曲を聴くことが出来ます。

今時あまり聴く人のいないLDやLPですが、貴重なものを手頃な値段で集めることが出来、楽しい一時を持つこと可能にしています。

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大好きなヴァイオリニスト:ナタン・ミルシテイン(それと、指揮者マルティノンのこと)

札幌の街の真ん中にあった小学校に6年間、通っていました。今は、もうその小学校はなくなり、跡地には札幌市役所が建っています。時計台のすぐそばです。ある時(多分、5年生の頃)、東京からの転校生があり、挨拶代わりにヴァイオリンを弾いてくれました。それをきっかけに、母にヴァイオリンを習いたいと”せがんだ”ことがありましたが、叶いませんでした。

01 ハイフェッツのLPでチャイコフスキー、メンデルスゾーン、シベリウスの協奏曲を聴き、オイストラフのLPでベートーヴェンの協奏曲、ソナタを聴きました。ブラームスのヴァイオリン協奏曲は、ミルシテインのLPを買いました。理由は、音楽之友社の「名曲レコード全集」で推薦盤になっていたからです。よく聴きました。今聴いても、大変素晴らしい演奏です。メンデルスゾーンやチャイコフスキーの協奏曲の演奏も、抜群の切れ味の良さと、思い掛けぬ歌い回しの連続で、思わず聴き惚れてしまいます。今も、中古LPなどで持っていないものを見つけると、思わず入手してしまいます。左の写真にあるものも、その一つです。一緒に、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲1番と2番も入手しました。美しく、しかも躍動感と微妙な表現に溢れた演奏で、録音も奥行きを感じさせる素晴らしいLPです。

話まったくかわって、ジャン・マルティノンのこと。この指揮者の演奏録音はいろいろ持っていますが、何が代表的なものかと考えると、案外すぐには思いつきません。フランスもの、フランク、プロコフィエフ.....で、思いついたのは、カール・ニールセンの交響曲第4番「不滅」、シカゴ交響楽団との録音です。この曲の録音は他にも3種類持っていますが、これが一番”立派な”響きをしていてピッタリしており、曲が引き立ちます。よほど、曲と指揮者/オケの相性がいいのでしょう。LPとCDで持っています。

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時差ボケの中で:カラヤン生誕100年記念

火曜日に出発し土曜日(昨日)、韓国から帰って来ました。今回は時差はなかったものの、その前の週の海外出張の名残の時差ボケが今頃、改めて襲って来ます。夜中、変な時間に音が醒めてしまいます。テレビでカラヤン生誕100年記念の番組を見た後、音楽を聴きながら、長男が私の生誕58年を記念して贈ってくえたビールを飲んでいます。

昨晩は、自分でさばいた”せいご(:鱸(スズキ)の小さいもの)”の刺身と、やはり自分でタレを作った味噌ラーメンを食べました。味噌ラーメンに粉にしたものではなく、粒のままの山椒をほんの少し入れてみたところ、ちょっと洒落た味になりました。ラードも少し入れましたが、ラードを焼くようにしておくと、「熊さんラーメン」風になるかもしれません。

カラヤン生誕100年記念の番組は、なかなかいいものでした。カラヤンの拘った美学、指揮者としての独裁と衝突、伝えたいことがまだある中での寿命と老い、家族、少し言葉を換えればすべて我々と共通の部分があります。「自分の職業を天職と思えることが目標」というようなことを、番組中にカラヤンが述べていました。番組の中でナレーターが、「カラヤンは音楽を作り、バーンスタインは自分が音楽」と言っていたのも、面白い表現だと思いました。番組野中には、すっかり歳をとったクリスタ・ルードヴィッヒ、グンドラ・ヤノヴィッツ、ルネ・コロや、少し顔がふっくらしたキーシンが出て来て話すのも、興味深いものがありました。

歌手が、歳を取って声が出なくなって来た時の対応このことを話すのも、身につまされるものがあります。音楽の仕事でなくとも、職場でいつまで成長と維持が出来、いつから衰退が始まり、どうしたらマイナス面が強くなっていることに気づくのか。そんなことを意識する世代に、自分も入って行きます。

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毎晩第9

月曜朝に出発し、今日、日曜の朝に帰って来ました。丁度1週間の出張でした。行きは空港で買ったノイズキャンセラー機能付きのイヤフォンのおかげで少し眠れましたが、帰りは隣に座ったドイツ人が酔っぱらって機内で延々と仲間達と話していたたため、全く眠れませんでした。困ったものです。

機内の他、ホテルの部屋で、土曜日に撮った次男の出ているベートーヴェンの第9のビデオを毎日見ていました。思ったとおり、ビデオを見て、というより音楽を聴いて部屋ではよく眠れました。神経が適度に集中できて”ストン”と眠りに落ち、眠りについた直後に音楽が終わるので、眠りが浅くなった時に音で目が覚めることもありません。それにしても、しもたかフィルの方々やコーラスの方々と一緒に歌う機会を得た次男は、大変貴重な経験をさせてもらえたと思います。機会を与えてくださった方々に、心よりお礼申し上げる次第です。

帰りの飛行機に乗った日が、丁度、自分の誕生日でした。ジュネーブの空港でチェックインした時、窓口の女性に"Congratulation"と言われました。父が亡くなった時の歳と同じになりました。これから、我が家系の男の長生き記録に挑戦です。

私は決して英語は得意ではないので、会議の度に苦労します。単に音を聴き取るだけでなく、頭の中に如何に英語のロジック回路とメモリ領域を作るかが問題だろうと思うのです。この能力を高めようとして、以前、通勤途中の電車の中で英語のテープを聴きながら、声に出さないようにして、聴いたセンテンスをすぐ次々と口の中で話す練習をしたことがあります。この練習は、効果があったように思います。単語だけではなく、如何にセンテンスを一瞬記憶するかがポイントのようです。しかし、この力をキープしようとすると、私の場合は英語を聴きたくなくなるほど疲れます。確かに、バイリンガル状態の時は、頭の回転が良くなった気もするのですが、それは私の場合には火事場の○○力と同じ様な特別な”頑張り状態”のようです。老化が進み、健康にはあまり良くないように思います。若いうちに自然に身に付けると、無理がないのでしょうが。

今、ジュリーニ指揮、シカゴ交響楽団の演奏録音でムソルグスキーの「展覧会の絵」を聴いているのですが、バイリンガル状態の名残で、変に細かいところがよく聴こえて、指揮者の意図が見えるような感じさえします。この様な感覚が、日本での日常の生活の中で一日ごとに消えて行くのですが。

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久しぶりのベートーヴェン第9交響曲『合唱』

Toshi810251 昨晩、次男の出る演奏会に行って来ました。しもたかフィル第4回定期演奏会。小学校での休日の学校活用として、5年前にスタートしたそうです。ずいぶん小さな子からお年寄りまで、メンバーは多彩です。家人と一緒に、ビデオの撮りやすい位置に陣取り、聴いて来ました。息子はテノール、以前より声が出ていました。

第9を聴くのは久しぶりです。楽しめました。ベートーヴェンの声楽付き管弦楽曲としては、『荘厳ミサ曲』が最高だとは思いますが、第9は分かりやすくて、長さも丁度いいと思います。朝から、昨晩撮ったビデオを編集し、DVDに焼いています。また、いい記念が出来ました。

明日朝から土曜日まで、ジュネーブに出張です。今回は、会議が詰まっていて、忙しくなりそうです。作ったDVDを寝る前にでも見て、眠りに入ることになるでしょう。今年の2月、インドに出張した時は、息子の歌ったのを録音したCDを持って行き、それを聴いて寝ました。

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音楽の食わず嫌い

その後、真空管アンプSQ-38FDの調子はまずまずです。やはり、右チャンネルの出力トランスか真空管(多分、両方)に変化が出たのでしょう。どうも右チャンネルから雑音が出始めました、歪んではいませんが。しばらく様子を見て、途中、接触不良がないか、いろいろ確認したのですが、それはなかったようでした。真空管を差し替えたところ、雑音はぴったり止まりました。当分は大丈夫でしょう。それにしても、真空管アンプの音は、自然というか、違和感がありません。私はビールを飲むのが好きなのですが、真空管アンプは昔ながらのビール、トランジスタアンプはビール味の雑酒、という印象があります(最近、雑酒の類がすっかり飲めなくなって来て、少々高くても”ビール”を飲んでいるものですから、こんな詰まらない比較を思いついてしまいます。TVのCMで、「ビールと間違えていました」というのがありますが、試してみましたが、「間違わない」と思います...試させるために買わせるのがCMの目的でしょうが、一度だけで終わります)。

ヘルマン・プライが1971年にジェラルド・ムーアのピアノで録音したシューベルトの「白鳥の歌」のLPを入手し、聴いています。どうも、この二人が一緒に演奏すると、音楽が”重く/太く”なってしまうようです。ワルター・クりーンの伴奏での録音の方が、機敏なところがあって好みです。また、バッハのヴァイオリン・ソナタ6曲をシェリングとヴァルヒャが01演奏しているLPを入手し、これも聴きました。それぞれの演奏家の存在感がもの凄く、まだ音楽そのものに集中出来ない感じです。この存在感に慣れるまで、しばらく十分には楽しめないかもしれません。これらの曲は、バルヒェットとラクロワの演奏録音で何度も聴いてきたものです。その演奏が、自分にはピッタリ来るのかもしれません。

新たな演奏録音に出会って、愛聴盤が替わったことは何度もあります。その意味では、私は食わず嫌いではないのですが、先のバルヒェットとラクロワの演奏録音は子供が産まれた当時、よく聴いていた思い出のものなので、ちょっと思い入れがあるかもしれません。そういう意味では、LP時代や、CD初期に聴いた演奏家達の録音に比べると、最近の演奏家の録音に対しては、全般的に食わず嫌いな面があると思います。だいたい、最近すっかり音楽雑誌を買わなくなってしまったので、そもそも誰が活躍しているのかも定かに知らず、食べようもない状態です。

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SQ-38FDの調整:シェーンベルクの弦楽四重奏曲他

先日、右チャンネルが不調になったラックスマンの真空管プリメインアンプ、SQ-38FDを、朝から中を覗いて直してみました。自分の思い違いで、メインアンプ部分は新しいコンデンサーに取り替えてありました。寝室にあるシステムにつないで、プリアンプ部を切り離してメインアンプ部だけで音を出してみると、右チャンネルから歪んだ音が出ました。この部分の問題だと見当を付け、主な部分の電圧を測りましたが、左右ほとんど揃っています。抵抗やコンデンサーには問題はなさそうでした。真空管を差し替えてみましたが、少しは変わるものの、歪んだままでした。思い切って半固定抵抗器を回して終段のバイアス電圧を変えてみると、変化が出ました。浅くすると、歪みが減りました。真空管寿命を考えてプレート電流が少なくなるよう、バイアスを深めにしていたのですが、出力トランスの性能変化等で、歪みが目立つようになったのかもしれません。左右の電圧が同じになる範囲で、浅い側に調整しました。ついでに、真空管寿命を考えて、プレート電圧を下げておきました。メインシステムにつないで、音出ししてみましたが、特におかしなところはありません。これで、しばらく様子をみようと思います。エレキットのプリアンプとラックスマンのKMQ-60は、またしばらくお休みです。強力な予備軍です。

Photo 中古LPで入手した後、あまり聴いていなかったシェーンベルクの弦楽四重奏曲を聴いています。ジュリアード弦楽四重奏団、1975年の録音です。第1番~第4番他が入っています。第1番を聴き終え、第2番の初めの方を聴いていますが、夕暮れを想わせる曲想です。ソプラノによる歌が出て来ます。第3楽章に出て来る歌の題は「連祷」。歌詞は「悲しみは深く 私を暗鬱にする」から始まり「貴方の祝福を与え給え」で終わります。第4楽章のが「隔絶」。「私は他の惑星の空気を感じとる」から始まり「私は聖なる声のこだまにすぎない」で終わります。第3番を聴き始めた時、玄関のチャイムが鳴り、頼んでいた中古LPがどっさり届きました。

01 届いた中から早速メータ指揮、ロスアンジェルス・フィルによる、ヴァレーズ『アルカナ』のLPを聴きました。1972年の録音です。かなり低い低音の聴こえるいい録音です。演奏はダイナミックで、3年前にウィーンで聴いたメータの現代曲の演奏を思い出しました。見たときは、足を踏みならして指揮したり、メリハリの付け方が明確で、全体として神経質な感じの少ない、分かり易い音楽作りをするという印象がありました。アルカナの演奏では、大きなサウンドの中に、いろいろな要素が入っている感じがします。それにしても、このLPはメータの個性がよく出た演奏だと思います。昔も今も、メータはあまり変わっていないのではないか、と思う次第。

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ベルクの「抒情組曲」

メインシステムの真空管アンプを取り替えてステレオの音は変わり、メリハリは無くなった代わり、素直で品良く鳴るようになりました。こちらの方が、コンデンサー等を新しくしてあるので、そんなことも影響しているかもしれません。

夕食はラーメン。私は豆板醤入りの味噌ラーメンで、家人は醤油たれストレートのラーメン。他に石カレイの刺身。スーパーで一尾買って来て、自分でおろしました。素人の悲しさで、骨が少し入っていたり、形が酷いですが、身がふっくらしていて、歯ごたえ良好です。

今日は行き帰りの電車の中で、ベルクの「抒情組曲」をポータブルCDプレーヤーで聴いていました。演奏はジュリアード弦楽四重奏団です。変に疲れた時には、このようなメロディにあまり縛られない音楽を聴くと、頭が解放された感じになり、居眠りが出来たりします。音楽を聴きながら眠るとういうのは、心身に良さそうに思います。それくらい、すっきりした開放感があります。但し、寝た後、音を止めないと音で目が覚めてしまいます。若いときは「運命」を聴いていても目が覚めなかったのに、今は静かな音楽でも目が覚めてしまいます。

10月27日に出掛けて11月2日に帰る予定で、スイスのジュネーブに仕事で行って来ます。その後、11月5日に出て、8日帰りで韓国にも仕事で行って来ます。もう体力が以前の様ではありませんので、疲れ過ぎないよう注意して、出掛けて来る予定です。

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味噌ラーメンの季節:秋に聴く音楽

昨日の昼は、久しぶりに味噌ラーメンを作って食べました。昨年見つけた塩分控えめの美味しい味噌に玉葱と生姜を擦って混ぜ、さらに擦りゴマとニンニクと、最後に酢をちょっとだけ入れて、味噌タレの出来上がり。土曜日にとったスープを使って食べてみましたが、味噌の味が強いので、特別な味ではなく、いつも作っている味になっていました。とにかく、味噌を選ぶのがミソです。この味に変化を付けたい時には、豆板醤(トウバンジャン)を入れます。麺はスーパーで買って来ますが、少し腰の強いものを選んで来ます。歯ごたえが最後まであり、あまり茹で加減に神経質にならなくて済みます。

1枚100円程度で買ったコープランドの曲の入った中古LP3枚(セットものでもシリーズものでもなく、全くバラバラのLPです)を聴きました。「ビリー・ザ・キッド」や「アパラチアの春」ほかが入っていて、2枚はバーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル、1枚はオーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団です。軽快な音楽で、ガーシュインやグローフェを連想させます。聴いていて楽しめましたが、秋向きではありません。その前に聴いていたのが、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲で、日本の女流ヴァイオリニスト3名のそれぞれのCDを聴いていました。皆、とても素晴らしい演奏で、十分に楽しめるものです(石川 静、諏訪内 晶子、川久保 環)。チャイコフスキーの曲では、冬、それも雪景色を連想させる曲が多いと思いますが、その中で秋を連想させるものと言ったら、私の場合はこの曲を選びます。

今日の午後4時過ぎに、突然、居間の右のスピーカーの音が少し歪み、そのままになってしまいました。調べた結果、アンプ(SQ-38FD)が故障の様です。バイアス調整だけで済むか、部品交換を要するかは、次の休日に調べてみないと分かりませんが、まずは2階から、エレキットのプリアンプ、ラックスマンのKMQ-60を持って来て使うことにしました。迫力は減ったものの、すっきりした素直な音で鳴っています。

01 夕食の後、しばらくしてから、25年前に買ったLPを引っぱり出して来ました。カーリー・サイモンの歌うポピュラー曲集”Torch”です。Body and soul等が入っています。このLPは、ビル・エヴァンスのピアノ・トリオによる”パリ・コンサート”と共に、秋を感じさせてくれるアルバムです。30才代前半の頃の自分の気持ちが、少しだけよみがえって来ました。よく2年間アメリカに居て、勉強したり家族と超ロング・ドライブに行ったものと、我ながら感心します。ニュー・オーリンズでデキシーランド・ジャズを聴いたり、チャタヌガで蒸気機関車を見たり、ケンタッキーでフォスターの住んだ家を見たり...ラジオからはカントリーソングが流れ、朝はマクドナルドでソーセージ・ビスケットを食べ、日曜日はチャーチという店でクリスピーなフライド・チキンかキャプテンDという店でフィッシュ・アンド・チップスを食べ、時にはショニーズというファミリーレストランで、サラダバーを楽しんで。 25年前は、私は実に行動的だったようです。 その頃の秋も、校舎の前で大量の落ち葉が風に舞うような、大変ダイナミックな印象がありました。そういえば、当時も近くのコリアンフードの店で材料を仕入れて来て、ラーメンを作って食べていました。まあ、自分が思っている程、自分自身は(見た目以外は)あまり変わっていないのかもしれません。居間で使っているメインスピーカーも、その時に買ったものですし。

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チマローザ『秘密の結婚』

Photo 昨日、息子達の出るオペラ、チマローザ作曲「秘密の結婚」を観て(聴いて)来ました。若い二人が結婚(状態?)であることを、どうやって妻の方の親に認めさせるか、というところから始まり、妻の姉の結婚相手として伯爵を紹介したところ、この伯爵が妹の方、すなわち妻の方を好きになり、というちょっとドタバタがあって、最後は、大変寛大というか、一人の自己犠牲ともいえる優しい言葉で納まる、という内容です。

2 途中途中でナレーションを入れながら主役達を学生達が交替で演じて進められました。息子は第2幕の方で若いカップルの男の役(パオリーノ)を担当していました。伴奏はピアノとチェンバロだけでしたが、学生達の声量とは、丁度いいバランスだったと思いました。息子には大変貴重な時間だったろうと思いながら帰って来ましたが、途中、息子からメールがあり、「大変良い勉強をさせてもらっています。」と伝えて来ました。

今日、土曜日は2週間ぶりに朝からラーメンスープをとっていました。鶏ガラを使わず、豚骨(拳骨)を4時間煮た後、昆布、生姜、人参、長ネギ、それと削り節を入れてバランスをとって、やっと午後2時半過ぎにラーメンを作りました。最後にニンニクと、ちょっとだけ酢を入れます。そして、チャーシュー、メンマ、海苔、それと醤油タレをとった時に取れたラードで炒めたモヤシをのせます。特にどの味が利いているという感じではなく、でもきれいに食べてしまいました。こんな風に、休みの1日くらいは、家で単純なことをしているのが、心身によさそうに思います。併行して、夕べ録った息子達の演奏をCDにしましたので、送ってやろうと思います。録音レベル調整のため、何度も聴いたので、かなりメロディーを覚えてしまいました。ソロだけでなく、重唱の部分も、よく練習した跡を感じます。

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明日は息子達の演奏会

思い掛けないことが起こり、オークションで落札して届いた中古LPを聴くことが、すっかりピンぼけになってしまいました。それでも、傷の有無を調べるため、一通り針を通してしまうのは、長年の習性でしょう。ワイセンベルグの演奏によるハイドンのピアノ・ソナタは、なかなかの傑作でした。しっかりしたテクニックと、そこそこの柔軟性が曲にピッタリで、ショパンのノクターン全集に並ぶ絶品です。クリュイタンス指揮によるムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」は落ち着きと深み、それと軽妙さの入り混じった名演奏で、カラヤン指揮のものより気に入りそうです。カラヤンの演奏は素晴らしい響きを聴かせてくれますが、本質的ともいえる心理的要素には深入りしない感があります。じっくり聴いている訳ではないので批判は出来ませんが。

明日は、次男の行っている学校で発表会があり、チマローザの「秘密の結婚」をやります。次男が何の役を歌うのかは知りませんが、行ってみようと思います。この曲の演奏録音は入手し辛く、少々手間取りましたが、それでも3種類入手でき、次男に送りました。よく知られた演奏家達による演奏録音ではないものに、いい演奏のものがありました。まあ、そんなものでしょう。私は、プロの演奏会では、時々休憩時間に帰ってしまうことがあります。我慢して聴くのでは、時間がもったいないので。アマチュアの演奏会では皆とにかく一生懸命で、それを感じるだけでも気分が良くなるので、大抵最後まで聴いています。明日は息子が出るので、少々帰りが遅くなっても残って聴いているでしょう。息子は、もちろん一生懸命歌うでしょう。今も同僚のことを気にしていますが、少し気が緩み、先週からの疲れが一気に出てしまうかもしれません。

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What a day!:喜びと哀しみが交錯する日

こんなことが実際に自分の周りで起こるとは、全く想っていませんでした。結婚式披露宴のスピーチ直前に携帯に電話が掛かり、スピーチを終えるのを待ってもらって、外に出て掛け直し、大事な同僚を襲ったとんでもない不幸について相談しました。幸せの絶頂とも云える雰囲気の会場を出たり入ったり。まあ、人なんて生きていること自体が奇跡みたいなものですから、何が起こっても不思議ではないのですが、それにしても...

夜11時頃に家に戻り、シューベルトの交響曲第9番ザ・グレートを聴いています。カール・ベームがドレスデン国立管弦楽団を指揮した1979年録音です。30年近い昔の録音です。聴いていて、少し気持ちが落ち着いて来ました。でも、演奏の方は、少し落ち着かない部分がありますね。何かあったのでしょうか。案外、何かが音に現れているように思います。

人は、必要な時は強くなれるのがいいと思います。思えば、音楽なんて、勝手に喜びと哀しみを行ったり来たりしています。変幻自在。明日、また出掛けて、職場に行って同僚の分も含めて来週の仕事の段取りをし、その後、役に立てるかどうか分かりませんが、同僚宅を訪問しようと思います。

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パヴァロッティとバトル:ドニゼッティ「愛の妙薬」

01 LDでドニゼッティのオペラ、「愛の妙薬」を鑑賞しました。アディーナ役のバトルの綺麗な歌声、ネモリーノ役のパヴァロッティの愉快な仕草、レヴァイン指揮の軽快なオケ、他のソロを歌う人皆素晴らしく、一気に全部観ました。「人知れぬ涙」を歌うパヴァロッティが、故郷を後にするつもりで”フーテンのトラさん”みたいに鞄を持って登場するあたり、思わず笑ってしまいました。歌は、もちろん最高です。

さて、来週の土曜日は、職場の若い人の結婚式があり、職場代表で挨拶をすることになっています。真面目なスピーチをする予定。10月の終わりの土日はぞれぞれ1回ずつ、アマチュアオーケストラによるベートーヴェンの第9交響曲を聴きに行く予定です。テノール・ソロを次男がやるらしく、楽しみなのですが、日曜はだいぶ遅い時間に帰宅することになりそうです。翌月曜日の朝早く家を出て成田空港に行かなければならないので、ちょっとした強行軍になりそうです。

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こっちも「あがり!」:カイルベルトのモーツァルト交響曲第39番

カイルベルト指揮によるモーツァルトの演奏録音を集めていて、なかなか入手出来ないでいた交響曲第39番のLPが、やっと今日届きました。オケはバンベルク交響楽団です。演奏は、媚びずにストレートに押して来る感じです。邪魔なものがないので、かえって、安心して聴けます。モーツァルトの最後の三つの交響曲の中では、この頃はこの第39番が一番聴きたくなります。

これで、カイルベルトによるモーツァルトの交響曲は一通り揃い、この指揮者の代表的な録音はすべて揃いました(ワーグナーの「リング」を除いて)。現在、もう一人別な演奏家のLPを1枚探していますが、これも何時かは「あがり!」にしたく思います。

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ロリン・マゼールの快演:マーラーの第4番、ウィーン・フィル

今日は、職場で送別会がありました。ある役員が退職しました。本人の挨拶の中で、自らの行った功績の紹介がありましたが、確かに自分でその功績を説明しなければならない程の功績でした。多くの職員には、数々の人事上の失敗をした役員、という印象があります。と言っても、長いつきあいの中で、個別の場面では世話になったこともあり、面と向かって非難は出来ません。

今日、マゼール指揮、ウィーン・フィルによるマーラーの第4番の中古LPが届きました。早速聴きましたが、マゼールの才気が前面に出たユニークな演奏になっていて、大変面白く聴けました。やんちゃっぽいところと、変に大人っぽい古典風なところが入り混じった、とても不思議な演奏です。テンポや間(ま)も自由自在です。1980年代、マゼールは、こんな演奏もしていたのですね。第4楽章のカスリーン・バトルの歌声が、実在感のない、ふわっとした感じで響いています。

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秋の夜のシューベルト、それと少しだけかもしれないブラームス

一晩、電源を入れっぱなしにしておいたLPプレーヤー、DP-47Fは今朝も快調でした。今夜は、ヘルマン・プライの歌う「美しき水車小屋の娘」を聴いています。ピアノはカール・エンゲル。1971年の録音です。歌とピアノの”太さ”が合っている感じがします。ワルター・クリーンのピアノで録音した「白鳥の歌」では、プライの太さと、ピアノの感受性の高さがコントラストされており、それはそれで面白いものになっていました。

外から聴こえて来る虫の音も、一晩毎に少なくなって行きます。スピーカーからの音も小さくして、ポワーとしながら聴いています。レコードが終わっても、針が自動で上がって元に戻るので、椅子に座ったままで周囲の静けさを感じているのもいいものです。

以前にこのブログで書いた、体調を悪くしていた職場の若い人は、結局、今月末で退職します。でも、次の活動を決めているので、少し安心しています。その人の持って生まれたものと職業との関係は、周りでそう分かるものではないです。先週は、昨年5月に退職してイギリスの大学に留学した若い人が、2週間の帰省とかで、ひょっこり職場に顔を出しました。ちょっと疲れた顔をしていましたが、勉強の方は順調のようでした。前から噂があったので、「一人で暮らしているのか?」と聴いたら、首を振っていました。しっかり自分の人生を歩んでいるようで、面白く思いました。

今日、職場で内示があり、自分の仕事の範囲が上下に延びました。ちょっとだけ上にあがると同時に、下の職位を兼務します。遊ぶ時間が確保出来れば、それでOKです。今日はもう遅いので、ギターは弾きません。太るといやなので、ラーメンも作りません。

現在、我が家にはLPプレーヤーが8台あり、うち2台が不調です。今日は、修理にチャレンジしませんが、どうやら最近入手した方のプレーヤーは、交換部品が手に入りそうもなく、ギブアップです。もう一つは、クォーツロック・タイプではないため、使い勝手の点で敢えてチャレンジしなくてもいいように思っています。現在、LPを聴ける環境にある部屋は、我が家には3部屋あります。安定に動くフルオートあるいはオートリフトのプレーヤが3台あれば、どの部屋で寝てしまっても大丈夫です。逆に、オートリフトも付いていないプレーヤーですと、心配で安心して音楽に浸れない感じがします。私は、長男同様、寝付きがいいのです。レコードが終わり、静寂の中で、外で虫が「もう寝たら?」と言っているようです。

ラインスドルフ指揮、ボストン交響楽団のブラームスの交響曲第3番のLPを聴くことにしました。この指揮者は、いわゆる巨匠風ではありませんでしたが、曲の本質を捉える大変な実力の持ち主だったと思います。各声部のバランス、リズム処理、素晴らしいものを覚えます。第3楽章まで起きていられたらいいのですが.....そうこうしているうちに、次男から、私の趣味の世界に関わる、ちょっとしたお願い事のメールが来ました。変なところで、役に立つようです。

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ショパンを聴きながら

昨晩は、懲りずにまた別なラーメンスープをとってみました。昆布と削り節、それに生姜と長ネギと人参を入れただけの和風味です。結果は、どうも失敗。食べることは出来ますが、特に美味しいとは感じないものでした。どうも和風味は苦手のようです。残ったスープを冷凍庫に保存し、またまた懲りずに、今晩、先に作った鶏ガラベースのスープに混ぜて作ってみました。これは、正解。狙った味ではありませんでしたが、品のいい味で、よくスーパーに売っている生麺タイプの「行列のできる・・・」に似た味になっていました。豚骨スープ、鶏ガラスープ、和風スープと別々に作っておくと、いろいろ試す楽しみがありそうです。新たな問題は、最近、近くのスーパーで豚骨を見かけなくなったことです。

今日は晴れたとてもいい日でしたが、もっぱら家にいて日曜に入手したギターを弾いて遊んでいました。何しろリズム感が悪いので、拍を数えるの大変です。少し、指は動き始めました。その他、DENONのLPプレーヤー、DP-47Fの基板に付いている半固定抵抗器等の調整をしました。長時間電源を入れていると、やはり回転が不安定になるので、試してみたのですが、今のところは安定しているようです。一晩、様子をみてみようと思います。

そのDP-47Fで、アシュケナージのピアノによるショパンを聴いています。ソロピアノ全集の中の1枚で、夜想曲の4番や5番が入っている盤を引っぱり出しました。とても綺麗に響いています。ショパンは、昔、長男が生まれた頃、よく聴いていました。アシュケナージのLPも何枚か買って聴きました。長男が生まれたのを記念して買ったのがワイセンベルクの弾く夜想曲全集(注:別々に2枚になっていました)でした。長男には、スズキメソッドでヴァイオリンを習わせたのですが、フルサイズのヴァイオリンが来た頃から、練習を止めてしまいました。どうも、スポーツの方が好きだったようです。でも、耳はいいようなので、また何かの時に再開してくれればと思います。彼は今、中学校の数学の先生をしていますが、部活ではサッカーを教えています。

長男は、小さかった頃、とても可愛く、いつも機嫌が良く、そして親同士が口論しているような時には、泣きながら間に割って入るような優しさを示していました。次男は、アトピーや喘息があったため、いつも愚図っていた少々世話の焼ける子でした。しかし、写真を見ると、とても可愛いく写っています。二人それぞれ人生のスタート時は違うのですが、最近は何だかとても似たような感じになって来ました。まあ、とにかく二人とも、職業選択には注意しているようです。父親の後ろ姿から、何かを感じ取ったのでしょう。

秋の夜に聴くショパンも素敵です。いろいろ思い出させてくれます。

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ギターの響き

今日は、イカを使わないラーメンスープを作ることにしました。以前、義父の所に行った帰りに食べたラーメンの味を思い浮かべ、少し和風な感じのあまり濁っていない濃い醤油味を目指しました。豚骨は使わず、鶏ガラ、昆布、削り節、生姜、長ネギ、人参を、やはりどの匂いも突出して強くならないように、量と時間を考えてやってみました(生姜と長ネギは、骨から出る生臭さを消すため少し入れるだけ、人参はちょっと苦みのある大人の味を狙ってほんの少しだけ入れています)。結局は、2時間煮たので、鶏ガラの味が勝った濁ったスープが出来てしまいました。狙いは達成しませんでしたが、ラーメンを作って食べたところ、家人も「どこかで食べたような味」と言うほど、確かにどこかで食べたラーメンの味がしました。これが、鶏ガラをしつこく煮た時に出る味なのでしょう。また一つ発見しました。火を弱くすると、違ったスープになるのでしょうけど。

前から気になっていたアコースティック・ギターがリサイクル・ショップに置いてあり、どうしようか考えながら、今日行って来ました。2台あったのですが、1台は売れていました。ショーケースから出してもらい、試奏したところ、想像通りの響きでした。低弦に力があり、中音から高音まで音の離れがよく、強く弾かなくてもよく通る音です。ちょっと考え、カウンターに行って支払方法を確認した後、購入して持って帰って来ました。家人からは、「最近、弾いていないじゃない」と言われましたが、それはそれとして...既に結構いいギター(クラシック、ジャズ、エレキ)は持っていて、実はアコースティック・ギターも国産のちょっといい感じのものを持っています。

家に戻って、家人がピアノの練習をするというので、別の部屋で持って来たギターを弾いていました。弾きやすく、いい響きがします。有名なメーカーの基本モデルと言われているもので、1980年代の製作です。それにしても、もともと上手でなかったのに、一段とギターを弾くのが下手になっていました。クラシック・ギターも引っぱり出して弾きましたが、どうもいけません。ソルの練習曲でも今度少しやってみます。夜帰るのが遅いので、練習は土日だけです。指を動かすのはボケ防止になるそうですから、古いフォークのLPなど聴きながら、指の運動をすることにします。

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貴重な映像:シュヴァルツコップ他の「ばらの騎士」

ひょんなことからレーザーディスク(LD)を観ることになり、いろいろ遊ぶことに忙しい中で、時々観ています。ハイビジョンを見ることに慣れて来ると、細部のぼけるLDの画質は特に綺麗ということはなく、4:3のサイズは狭苦しく感じます。それでも、それぞれの貴重な映像を観ることが出来るのは、何とも素晴らしい体験です。

リヒャルト・シュトラウスの楽劇「ばらの騎士」、1960年のザルツブルグ音楽祭の舞台を映画にしたものです。カラヤン指揮(まだ黒い髪が沢山残っています。とてもしなやかな指揮ぶりです)、ウィーン・フィル(ウィリー・ボスコフスキーの顔も映っています)、侯爵夫人:エリーザベト・シュヴァルツコップ、オクタビアン:セーナ・ユリナッチ、ゾフィー:アンエリーゼ・ローテンベルガー(この人も、大変綺麗ですね)、オックス男爵:オットー・エーデルマン(フルトヴェングラーの録音にも参加しています)。

2とにかく、大変な顔ぶれです。その中でも、やはりシュヴァルツコップは、気品に溢れた容姿と共に独特の歌声で、とても強い存在感を示しています。第3幕の後半に侯爵夫人、オクタヴィアン、ゾフィーの3人が、それぞれの心の中を歌う三重唱が聴かれますが、シュヴァルツコップを軸に、素晴らしい音楽の盛り上がりがあります。残念ながら、音はモノラル録音で、あまりぱっとしない響きですが、それでもカラヤンとウィーン・フィルが、舞台を十分にもり立てています。これは、特別な記録であるという実感があります。久しぶりに、特別な音楽体験をしたように思います。

01 ところで、オクタヴィアンを歌ったユリナッチは、この映画の他に1981年に録画したフンパーディングのオペラ「ヘンゼルとグレーテル」にも魔女の役で出ていて、今回LDで入手しました。アップになった時の魔女の顔は、なかなか迫力があります(ちょっと書き表すのを躊躇います)。オケは同じくウィーン・フィル、指揮はショルティです。こちらも、ファスベンダー、グロベローヴァ、プライ、デルネッシュという、大変豪華な顔ぶれです。

昨夜、衛星放送の番組で、カラヤン指揮のワーグナーの楽劇「ラインの黄金」が放送され、録画しました。トマス・スチュアートやペーター・シュライアーが歌っています。舞台映像ではなく、特撮を交えた映画になっています。これも、見事な演奏、映像になっています。

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今頃、LD?

この2週間ほど、いろいろ忙しく過ごしました。オーストラリアの人と一緒に仕事をして、夜は一緒に食事をしたり。その前に準備資料を短期間で作成したので遅くまで職場に残るようなことをしたので、疲れが抜けない状態でした。それでも、先週の土曜日には、またラーメンスープを作り、出来たものを冷凍庫にしまって、夜帰って来てからラーメンを作って食べたりしました。大体毎回同じ様な味のスープが出来るようになったと思います。今度は、イカを使わない、もっと一般的な味に挑戦しようと思います。

Photo_4 こんな時に気分転換を求めて、また中古のオートマチックLPプレーヤーを買ってしまいました。VICTORのものです。Photoしかし、最初は良かったのですが、三日後にはターンテーブルの回転が不安定になり、思い切って基板についているコンデンサーやトランジスタの多くを新しいものに交換してみたのですが、症状は変わらず、直せそうで直せないので、いささかストレスが溜まりました。そして、またもやこんな時に、中古LPを店で買って、帰り道の途中に何気なく見ると、LPのつもりで買ったロッシーニの「ウィリアム・テル」、リッカルド・ムーティ指揮のものがレーザーディスク(LD)であったことに気づきました。はやり相当疲れていたのですね。返品しようかと思ったのですが、家の近くのリサイクル・ショップにLDプレーヤーが置いてあったのを思い出し、そのまま持って帰りました。この辺りの判断も、疲れのせいだったように思います。当然、後日LDを買い増しすることになり、シュワルツコップの「ばらの騎士」等を入手しました。

毎晩、家に帰ってから、直らないLPプレーヤーを動かしてみて、次はどのパーツを交換するのがいいのか、考えています。これが、ステレオアンプだと、左右の回路のアンバランスを調べると、結構不良箇所が分かるのですが、サーボ系の回路は、そうは行きません。どうも、早くなったり遅くなったしているところをみると、ロジック回路のICの不良かもしれません。探しているのですが、特殊な型式だそうで、手に入りません。同じLPプレーヤーのジャンク品を探す手もあるのですが、これのICがOKであるかどうか分からないので、難しいところです。

しかし、以上の経験をして、LPプレーヤーの基板のパーツを交換することに慣れて来たので、DP-47Fを修理してみる気が起き、昨晩引っぱり出して、基板を外し、使用パーツの状態を見た後、基板をそのまま付け直したところ、時間が立ってもターンテーブルの回転の状態に異常は出ませんでした。しばらく、このまま使って、異常が出るかどうか様子を見ることにしています。DP-37Fの方は、今のところ動作はOKです。音は、DP-47Fの方が静寂感が出て、いい音がします。

Photo_2 この間にも、CDや中古LPは集めていました。クーレンカンプ(Vn)の古い録音(ベートーヴェン他のヴァイオリン協奏曲)CD3枚もの、キーシンの新しい録音でベートーヴェンのピアノ協奏曲全集。指揮はコリン・デイヴィス、オケはロンドン交響楽団で、顔ぶれを見ただけでも欲しくなるものです。演奏は詩的情感に溢れ、マレイ・ペライヤを思い出しました。それにしても、キーシンのタッチは素晴らしいですね。綺麗で綺麗で.・・・

1 LPではヘルマン・プライのシューベルトの歌曲集「美しき水車小屋の娘」と「白鳥の歌」、最初の頃の録音です。ストレPhoto_3ートな歌いぶりが、新鮮に感じます。ロリン・マゼールの 若い頃の録音でバッハのブランデンブルグ協奏曲3番、4番、5番。時々、凄いドライブの掛かった演奏が聴けます。他にもいろいろ入手したのですが、まだ聴いていません。

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藤川真弓さんのLP:「悪魔のトリル」他

Photo 休みの日は、半日は趣味のラーメンづくりをしています。スープは、かなり上手に作らなければ、溜まり醤油を使った醤油タレをお湯でといて化学調味料を入れただけの方が、余程いい味がします。最近、ようやくスープの取り方のコツのようなものが分かって来て、今は、毎回同じようないい味を出す方法を工夫しています。やはり、ある程度の量をまとめて作るのが無難なようです。余ったスープは、パックに入れて冷凍しています。濃いスープなので、使う時は水で少し薄めて使います。この薄め加減(濃さ加減)が、またポイントです。楽しみは尽きません。他にもテレビを観たりDVDを観たり、いろいろやりたいことをした挙げ句に、仕事のことを纏めて考えて、一気に月曜日に向かいます。

01 そんな具合ですから、オペラのような長い音楽を聴くよりは、小品を楽しむことが多く、気に入った演奏録音を繰り返し聴くことが多いのです。この1週間、何度も聴いているのが、藤川真弓さんのヴァイオリン、清水由香里さんのピアノによるLP、「ヴァイオリン・リサイタル」です。ヴィターリの「シャコンヌ」、ルクレールの「ヴァイオリン・ソナタ」、タルティーニの「悪魔のトリル」、クライスラーの「前奏曲とアレグロ」が入っています。30年程前の録音です。

02 録音は演奏会場の雰囲気があり、ちょっと距離感があって適度の残響があるヴァイオリンと蓋が半開きの感じのピアノが聴かれます。多分、このLPを買った時には、そんなに聴いていなかったと思いますが、今聴くと、どの曲も綺麗な音で集中力を感じさせるヴァイオリンが、気持ちをのせて歌っており、何度繰り返し聴いても飽きません。このLPをいくつかのカートリッジで聴いてみましたが、一番綺麗で力強く鳴っていたのが、オルトフォンのMM型(注:MC型ではありません)の”2mRed”でした。このカートリッジ、1万円程度で買えますが、実力はかなりのものです。針圧等、調整をいろいろ行って最適な状態を探すのがポイントですが、この辺りがアナログ・オーディオの楽しみです。

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夏休みの収穫

13日(水)から今日、17日(日)まで休みをとって、家にいました。息子達が来たり、ペーター・マークの16枚組CDを聴いたり、フルオートLPプレーヤーを換えたり、家人がリサイクル・ショップで結構いい電子ピアノを入手したり(ステレオ装置につないで音を出していますが、いい音がします)、ちょっとダイエットしたりしていました。

ダイエットとは関係なしに、ラーメンづくりに凝っています。家人は竹岡ラーメン風の、醤油たれの味をストレートに活かしたものを好むのですが、私は昔好きだった味の記憶を頼りに、相変わらず試行錯誤を繰り返しています。休み中に、豚骨(関節の部分、いわゆる拳骨)、鶏ガラ、スルメイカ、削り節、長ネギ、生姜、ニンニク、人参を使って出汁をとってみました。これが大正解。ラードを少し焦がしながら炒めた”もやし”をのせて、気に入っている麺を硬めに茹でて食べると、何とも美味です。再現を試みている”満州軒”の味とは違いますが、濃い醤油味のラーメンとしては、いいところに行っていると思います。材料のそれぞれの量のほか、それぞれ煮る時間と火加減がポイントと思いますが、材料のどれかの味が目立つことがないようにするのが、コツのように思います。

味噌ラーメンのたれも、自分で作ります。気に入った味の味噌を使い、タマネギ、生姜、ニンニクを擦ったものと、擦りゴマを味噌とよく混ぜて作ります。豆板醤を使う場合には、中途半端な量にしないで、思い切って沢山使った方がいいように思います。

醤油、味噌共に、隠し味は”酢”です。ほんの少しだけ入れます。

以上、ラーメン作りのことを書きましたが、一番大事なことは、やはり自分の作りたい味を知っていることだと思います。私の場合は、醤油ラーメンでは薄野のラーメン横町にあった”満州軒”、味噌ラーメンでは子供の頃に住んでいた家の近くにあった”熊さん”です(私の家は大通り公園の近く、ちなみに小学校は時計台のそばにあったのです)。とても再現は出来ませんが、それを目指している途中に、面白い味が出来て来ます。ラーメン作り以外の場合でも、目指すものがあることが大事だと思います。

CDやLPのコレクションも楽しいですが、味の追求も、素人なりに大いに楽しめるものがあります。

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フルオートLPプレーヤー:DP-47FからDP-37Fに交替

Dp37f DENONのフルオートLPプレーヤー、DP-47Fの、回転状態がちょっとずつ悪くなって来ていたのですが、遂にクォーツロックが利かなくなってしまいました。LPを傷めないよう、また、聴いたまま寝てしまってもよいよう、フルオートLPプレーヤーは我が家では必需品です。サーボ系の回路データがあれば、自分で修理にチャレンジするのですが、持っていなので、”素直に”中古を探すことにしました。少し機能が違いますが、同じDENONのDP-37Fを見つけ、入手しました。届いた時、何と回転系の調子が悪くてドキッとしたのですが、基板の調整用半固定抵抗器の調整を試みたところ、直りました。ついでに、針圧調整もボリュームも調整しました。ターンテーブル下にあるボリュームは左端がインサイドフォース・キャンセラー調整用、右端が針圧調整用で、真ん中のは触っていませんが、多分、針をあげる内周位置調整用でしょう。目下、好調ですが、DP-3000も回転不良になっており、どうも我が家ではDENONは要注意です。

01_2 プレーヤーの調整中に聴いていたLPは、昨日はもっぱら「リエンツェ」で、やっとLP5枚、10面全部聴きました。ワーグナーらしい音楽の中に、イラリア・オペラっぽい部分が混ざっている感じがしました。今日はビートルズ、それとスメタナの「わが祖国」です。ノイマン指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団、1975年録音です。ノイマンがライプツィッヒ・ゲバントハウス管弦楽団と録音した同曲のLPも持っていて、そちらの締まった響きが好きなのですが、LPプレーヤーの調整用として、チェコ・フィルの方を聴いていました。管も弦も、綺麗な響きです。この曲を聴くと、チェコは本当に自然の素晴らしい国という印象を受けます。歳を取ると、自然の素晴らしさ、貴重さが身にしみて来るものです。若い頃はコンクリート・ジャングル(古い表現ですね!)が好きだったのですが。

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ルイザ・ミラーとリエンツェ

すっかりハイビジョンに凝ってしまい、新しいパソコンにプルーレイ用外付けディスクドライブを付けて、ビデオムービーを記録したり、レンタルBDを見たりしています。テレビの音楽番組を普通の画質でDVDに録画していますが、50枚以上溜まりました。録画していまうと、安心してしまってあまり見ないでいます。

01 さて、最近繰り返し聴いた音楽は、ヴェルディのオペラ「ルイザ・ミラー」です。最後、主人公達が死んでしまう悲劇ですが、音楽はわかりやすく、親しみやすい旋律と劇的な表現がしばしば出てくるので、LPで6面ありますが、何度か繰り返し聴きました。と言っても、一気に通して聴くのではなく、数回に分けて聴いています。演奏はペーター・マーク指揮、フィルハーモニア管弦楽団、カバリエ、パヴァロッティ達によるものです。結構”決まった”演奏で、この曲の代表盤ではないかと思います。

Photo 一方、何度かチャレンジするのですが、まだ聴き通せていないのが、ワーグナーのオペラ、「リエンツェ」です。ホルライザー指揮、ドレスデン・スターツカペレ、ルネ・コロ他による演奏録音で、LPで10面あります。ワーグナーの初期のオペラで、時々現れるザワッザワッ、ザワッ、という感じの音型はタンホンザーを想起させます。さすがにLP5枚ともなれば、途中休みを入れて数日掛けても、なかなか聴き通せません。ハイビジョンを見たり、他の音楽を聴いているうちに、半ば忘れてしまいます。今日も、何度目かの再チャレンジをしています。

北京オリンピックを殆どずうっと見ています。女子柔道の塚田選手が惜敗した試合が一番印象に残っています。表彰式の時に、銀メダルをもらって本人が嬉しそうにしていたので、よかったと思います。

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やっぱり凄い!:クレンペラーの「時計」

01 今朝、職場に向かう電車の中で、ハイドンの交響曲第101番「時計」を聴きたくなり、夜帰って来てから、オットー・クレンペラー指揮、フィルハーモニア管弦楽団の古いLPを引っぱり出しました。このLP、後で買い直しましたが、最初の方がいい音です。バックハウスのベートーヴェンのピアノソナタの最初の録音(モノラル)でも、初期に出たLPの音が新鮮な音を出しています。

暗い感じの序奏、これだけ深い暗さは、この指揮者の心が感じているものでしょう。途中で切り替わって明るくなる感じ、有名な第2楽章の変奏が堂々と続くところ等々、古典らしい形式の美しさと、深い情感、なんと素晴らしいことでしょう。何度聴いたか分かりませんが、飽きることない、名演奏です。

今日、この曲に限らず、同じ曲に沢山の録音がありそれぞれ特徴があって素晴らしいですが、特に素晴らしい別格なものがあることを、改めて確認しました。

上記のクレンペラーのLPを最初に買った所は、札幌狸小路の4丁目にあったYAMAHAの店でした。もう30年以上前に移転してしまいました。LPのバーゲンセールをやっていて、その中にありました。当時私は中学生。クラシック音楽に興味を持ち、”何かいいことがあるだろう”と教養ある人の話を信じ、貪るようにいろんなことを探していた時期でした。今は、”いいこと”が何だったか、分かって来ました...確かにいい、但し、当時想像していたものとは大分違いますが。

左上の写真が、最初に買ったLPのジャケットのものです。EMIレーベルとコロンビアレーベルが一緒になっています。盤が少しうねっており、追従性の悪いピックアップ(カートリッジとトーンアーム)では、外周では飛んでしまうものでした。いつの間にかこの”うねり”は小さくなってしまいました。棚で他のLPの間で圧迫されている間に矯正されたのでしょうか。少し傷の音はしますが、とても新鮮ないい音です。

やっぱり、私は、新しい演奏を拒まないものの、気に入った演奏録音を、何度も何度も、繰り返し聴いて楽しむタイプのようです。このクレンペラーの「時計」は、本当にいい演奏です。日常の生活の中で、音楽を楽しむ貴重な時間に流すのに相応しい質を、持っていると思います。

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ラーメンとPC:DVD三昧

2週間前の土日、札幌に行って来ました。札幌は私が生まれ育ったところで、27才になる時まで住んでいました。今も母を始め、身内の多くが住んでいます。お盆休みの時は、なかなか航空券がとれないので、よくこの時期に墓参りに行きます。墓の掃除をし、家の庭に咲いていた花を飾りました。

札幌に行く目的の一つは、昔よく行っていたラーメン屋に行くことです。今回も2カ所に行きました。最初に行った店は、中学生の時に初めて行った店。場所は2度ほど変わっていますが、今も札幌駅の近くのビルの地下に店を出しています。一昨年に行った時には親父さんがまだ店にいましたが、今回は奥さん共々不在でした。ここのラーメンはズープの色が真っ黒に近く、魚介系、特にイカを使っているのが特徴です。ラードはフライパンで少し焼いたものを使っています。私は、ここのラーメンが好きです。以前、有名店のラーメンをカップ麺にするのが流行った時には、この店のものも出たことがあり、その時は10個ほどまとめて買って職場の人に配ったほどです。

もう一つの店は、私が20才ちょっとの時まで薄野にあったラーメン横町の一つの店で、今は時計台の近くにある店です。当時からいた人が今も作っています。たまたま聴いた話だと、二代目(創業者の息子)だそうです。今回食べて思ったのは、スープの取り方が今私が家でやっているのと同じではないかということ、と言うより、私が真似している方法です。似た味でした。

札幌から帰ってから、家でラーメンスープを取る時にイカを入れていました。独特の甘みが出て、札幌で食べたラーメンの味に近いものがありました。匂いだけでも、嬉しくなるものがありました。

今週火曜日に、新しいPCが届きました。DVD用に購入したもので、もともと画像処理速度が高いのですが、グラフィックボードも追加しました。ハイビジョンの再生が良好で、相変わらず息子達の演奏会の録画を見ています。DVD機器の使いこなしに、かなりの時間を使っています。

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あがり!:探していた「幻想交響曲」

01_2 指揮者ヴァンデルノートの演奏録音をいろいろ集めましたが、本当は中学生の時に友人宅で見つけたヴァンデルノート指揮の「幻想交響曲」のLPを探していたのだと思います。それは、友人の父君が持っていたもので、少しユニークなものでした。35MMマグネチック・フィルム録音。1963年頃に発売になったこのLPを、今日やっと入手しました。レコード盤収納部分が細い箱になった立派なジャケットで、記憶でも、確かにこんな風な贅沢な感じでした。聴いてみると、とてもいい音がします。鮮明かつ臨場感があって、なかなかのものです。演奏自体からは強い個性は聴かれませんが、これはこれで、いいのではないかと思います。バーンスタイン指揮で同曲を聴いていた当時(中学生だった頃)も、同じ感想を持ったような気がしますが、定かではありません。こうして、探していたLPが手に入り、コレクターとしては、かなり「あがり!」の状態に近づきました。

最近、何を聴いているかというと、4月に行った息子達の演奏会のDVDやCDをもっぱら聴いています。ハイヴィジョンで録画したので、それがよく再生されるよう、ハイヴィジョン用に処理能力の高いパソコンまで入手しました。記録用としては、ブルーレイ・ディスクの代わりに容量の大きなハードディスクを使っています。そんな時に、ヴァンデルノートの幻想交響曲のLPを見つけた訳で、久しぶりに声楽抜き、映像抜きで音楽を楽しんでいました。

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水曜の朝の連絡:iTunes、ピノック

11日水曜日の朝、出先に連絡が入り、同じ事務所にいる同僚が急死した知らせを受けました。彼は私より2才若く、普段から腎臓透析をしていて、時々半休して病院に診察を受けに行っていましたが、前の日は特に変わった様子もなく、むしろ元気そうだったので、全く予想していなかった連絡に唖然としました。その日は、100人ほどの前で仕事に関する説明を行う研修会で、最初の方で私も講師として話すことになっていて、いろいろ話す準備をしていたのですが、すっかり調子が狂ってしまい、いくつか準備していたことを言い忘れてしまいました。

彼は、昨年4月に職場に出向して来たのですが、技術者、研究者としての貴重な知識・経験がそのままでは生きない所だったので、ちょっと辛そうにしていました。でも、人柄がよく、家庭面では幸せだったように、葬儀に参列していて思いました。人それぞれの歴史があります。彼は私と大学が同じだったこともあり、学生時代の様子もそれとなく想像出来るところがあります。まじめですが、マイペースな印象があります。子供が3人、既に2人のお孫さんもいて命がつながっていました。葬儀会場では、バッハやヘンデルの曲が静かに流れていました。

Photo 他の方のブログで紹介されていたiTunesストアで、トレヴァー・ピノック指揮のモーツァルトの交響曲全集を購入し、ダウンロードしました。何曲か聴きましたが、意外と力強い演奏です。CD-Rにして聴いてみましたが、響きも良く、好きになりました。すべてCD-Rにしておこうと、少しずつ作業しています。ピノック達の演奏録音では、ハイドンの中期の交響曲集を持っていますが、そちらの方も溌剌とした演奏です。

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先のこと:ヴェルディ「仮面舞踏会」

昼に、ラーメン材料を買って来た後、テレビをつけると、秋葉原での通り魔事件の報道をしていました。事件の場所は、私のよく知っているところです。とんでもないことが起こったものです。事件に巻き込まれた方々には、大変なことになりました。言葉が出ません。

ラーメンは、豚骨と鯖節等の出汁をそれぞれとって、あとで適当に混ぜ合わせることで、まずますのものが出来たのですが、やはり先の事件で、気持ちがすっきりしません。暗くなってから、家人と出かけて古本などを買って来ました。私は、「サザエさん」の第3巻、かなり古い時期のものを買って来ました。テレビで見るサザエさんの顔と少し違っています。昔の笑いのパターンが書かれているようで興味深いもものがあります。

今更言うまでもなく、人が生きている間に、とても多くのことが起こります。たとえ、それが短い間であっても、ちゃんと”歴史”になると思います。その歴史が、当人が思いもしなかったことで、閉じられてしまったことを聞くのは、辛いものです。

Photo_2 この生きている間の時の流れを使って、音楽を聴くことが出来ます。今日は、ヴェルディのオペラ「仮面舞踏会」を途中まで聴きました。コリン・デイヴィス指揮で、ホセ・カレラス他が歌っているものです。強い印象は残らない曲ですが、繰り返し聴いていると何か分かって来そうな感じがします。でも、これらが失われるのは一瞬のことなのでしょうね。

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「グルーヴィ」:ジャズの中のクラシック

Photo レッド・ガーランドのピアノ、ポール・チェンバースのベース、アーサー・テイラーのドラムスからなるトリオ演奏のLP(今はCD)「グルーヴィ」は、ジャズ愛好家ならよく知っているアルバムです。今から約50年前に録音されたものです。この時、私は既に生まれていました...実は、今日、同アルバムの中古LPを入手し、何度も繰り返し聴いていました。弾むようなピアノ、語りかけてくるようなベース、颯爽としたドラムのブラッシング、まさに最高です。

このLPをかけるのには、シュアーのカートリッジ、V15typeⅢが最適です。のびのびしていて、ちょっと押しが強くなった感じで、とてもノリがいいです。

ところで、昨晩、BSでバッハの「フーガの技法」のピアノ演奏を放送していました。夜遅い時間で、途中で寝てしまったのですが、録画してあるので、聴き直すのが楽しみです。ピエール・ローラン・エマールというピアニストが弾いています。現代音楽の演奏家ということなので、どのような解釈をしているのか、楽しみです。毎週、録画したDVDが数枚ずつ溜まって行きます。いつ、ちゃんと観たり聴いたりするか定かではありませんが、楽しみにとっています。今この時間、次男の歌っているCD-Rをかけています。

音楽だけでなく、現代は、とても多くの情報があり、ちょっとその気になれば、以前では入手困難だった情報でも、とれるものがあります。一方、個人にとって使える時間は昔も今も同じです。情報も音楽も、職場を離れた時には、自分の意志を持って、あるいは意図を持って受け取るようにしています。そうしないと、ただ疲れてしまうような気がします。

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ムード・ミュージック:思い出は財産

ビリー・ヴォーン、パーシー・フェイス、フランク・チャックスフィールド、懐かしいムード・ミュージック・オーケストラの指揮者の名前です。真珠貝の歌、波路はるかに、峠の幌馬車...夏の日の恋、魅惑のワルツ、今聴いても、どれも素敵です。時々、古い映画音楽と共に、これらの音楽を無性に聴きたくなります。多分、元のテープのせいで音域の狭くなったCDですが、CDスタビライザー、真空管アンプ、それと古い型式のスピーカーのおかげで、聴けています。

そんな音楽がかかっている中で、そばのソファーで家人が寝息をたてて寝ています。私は、ビールを飲みながら、職場から転送されて来たメールをパソコンで見ては、少し明日のことを考えています。こんな時間を持てることが、とても貴重なことと思えるようになりました。

昨夜、病気の友人の夢を見ました。「あいつは今も生きている」ことを、ありがたく思います。ずうっと生きていてほしく思います。

思い出は財産、そんな気持ちが強くなりました。音楽が、そのような財産のことを、思い出させてくれるように思います。

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今日は、ほぼ音楽三昧:CDの音が少し良くなりました

今日は、いろいろな音楽を聴いたり、少し自分で楽器をいじってみたりして過ごしていました。途中、大相撲中継を見て、琴欧州が勝ったのを喜んでいました。数年前、偶然、琴欧州を目の前で見たことがあったので、何となく応援していたのです。レッド・ガーランドのピアノが加わっているマイルス・ディビスのLPで、ピアノの演奏の素晴らしさを今更ながらに発見したり、アンナ・モッフォの歌うルチア(ドニゼッティのオペラ「ランメルモールのルチア」、CD)が、いかにも気が狂ってしまった人の感じですごいと思ってみたり、ジョージ・セル指揮のR・シュトラウスの「ティル・・・」や「ドン・ファン」の引き締まった演奏を、それとなくカラヤン指揮ウィーン・フィルの演奏と頭の中で比較して聴いてみたりして楽しんでいました。

01 他の方のブログにズーカーマンの演奏のことが書かれていたのを見て、確か我が家にズーカーマンのLPがあったはずと暫く探し、やっと「ヴィオラ協奏曲集」を見つけました。ウェーバーの小品、シュターミッツ、テレマン、それとヘンデル(編曲もの)のヴィオラ協奏曲が入っています。とにかく、ズーカーマンの弾くヴィオラが滅茶苦茶うまく、自然と集中して聴いてしまいました。自ら指揮しているオケの演奏も、見事なものです。ヘンデルでは、いかにもこの作曲家らしい、威厳と豊かな感情の起伏を感ずる旋律が聴けました。このLP、その昔アメリカに2年間ほど居た時に中古LP店で買ったものです。日本に船で1ヶ月掛けて送った荷物の中に含まれていました。9年くらい前に、その中古LP店に行く機会がありましたが、LPはなくなり、CDを置いていました。その時に、記念にジョン・コルトレーンの中古CDを買って来ました。有名な「バラード」です。これは、今も時々聴いています。

最近、再びCDスタビライザーを使っています。CDと同じサイズの金属の薄い板で、CDに重ねて使います。CDプレーヤーによっては、作動が不安定になってしまって使えない場合がありますが、現在主に使っているマランツのSA-8400というSACD/CDプレーヤー(但し、CD用D/Aコンバーターは外付けのものを使用)は、先日試してみたところ、大丈夫でした。モッフォ達の演奏も、静かな感じを伴う音場を感じることが出来、LPを聴いた後でも、そんなに違和感無く聴けるようになりました。メデタシ・メデタシ...

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録音の違い、音量の違い:サーストン・ダートのバッハ「管弦楽組曲」

先日、次男のジョイント・コンサートを会場のマイク(天井吊り)で録って作成したCDが届きました。ビデオ・ムービィーで録った音と比べると、声の部分よりも、伴奏ピアノの違いがとても大きく、個々の音がよく聴こえ、各声部を弾き分けている様子がよく分かりました。実に上手なピアノだと思います。会場に来ていた人達の間では、このピアノ伴奏に対する評価が微妙に異なっていたのですが、少しその理由が分かった気がします。

息子の声量が大きくないため、ピアノは蓋を少し開けた状態であったこともあり、少し音量が控えめだったため、客席には、ピアノの良い部分が十分に届かなかったのではなかったかと思います。しかし、中には伴奏のピアノを絶賛していたピアノ教師の方もいましたので、ちゃんと気付いていた人もいたわけです。一般に、音量は大きい方が、評価しやすいだろうと思った次第。

Photo ハープシコード奏者、指揮者、そして音楽学者だったサーストン・ダートのLPを見つけました。バッハの「管弦楽組曲Photo_2 第1番、第2番」の中古LPで、以前見つけた「第3番、第4番、他」のLPと合せて全曲揃いました。L'OISEAU-LYREエデュション、LONDONレーベルです(このL'OISEAU-LYREエディションでは、シェークスピア時代の音楽等、ユニークなLPを見つけることがあります)。一緒にネビル・マリナー指揮のものでLP2枚組の全曲盤も入手しました。こちらにも、ダートがハープシコードで参加していて、演奏に大きな影響を与えていると言われています。第1番を聴き比べてみると、確かにテンポ等、そっくりだと思います(リズムの刻みは少し違う感じですが)。「ブランデンブルク協奏曲」の録音でも、同じように比較したことがありますが、その時以上に両者が似ていると感じました。勝手な想像ですが、病気であったダートは、マリナーに委ねるところがあったのでないかと思います。とにかく、これらの素晴らしい演奏が残されました。ダートのはモノラル録音ですが、意外と鮮明で細かい部分の音も不満なく聴こえてきます。適当な音量にして、それぞれの声部、楽器が奏でる生きいきとした躍動感に溢れた音の流れに身をまかせているだけで、すごく広がった自然とのつながりを覚えます。そこに、何か秩序のようなものも感じます。バッハの音楽って、やはり不思議なところがあります。

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創造性、個性について:アンナ・モッフォ

ミャンマーで大きな台風被害があった後、中国で地震被害が発生しました。仕事でも、両国との交流をしており、大変気にしながら、少しですが、日本赤十字社に義援金を送ったりしています。非常時には、国境を越えた活動が出来るよう、送る側だけでなく、受け入れる側の体制整備も必要でしょう。

かつては、年に5~6回、今は2~3回程度の海外出張をしていますが、成田空港に戻るたびに、日本がまるで温室かビニールハウスの如く守られている感を強くします。とてもユニークな国だと思います。25年前に2年間、アメリカで暮したことがありますが、そこでは自分のことは自分で守る、その延長で国を守るという感覚を覚えましたが、日本では、誰かが守ってくれるという感覚が強いようです。

01 作曲したり、演奏したりする場合はともかく、音楽を聴いてどうこう言うのも、創造的であることが小生の目指すところですが、実際は何とも・・・。今も、聴く時間が取れないほどCDや中古LPを入手しています。完全にリタイアした時に聴こう、と自分に言い訳しています。最近、よく聴いたのはイタリア系アメリカ人、アンナ・モッフォのLP「オペラ・アリア集」。トスカの「歌に生き、恋に生き」他が入っています。伴奏しているバイエルン放送管弦楽団の指揮者は、なんとクルト・アイヒホルン、第4楽章付きのブルックナーの第9で名演奏を残した人です。この中古LPを買った時に、他にも沢山LPを買いました。それらを聴かずに、何度かモッフォのLPを聴きました。それほど、気になる演奏録音でした。声の響きと、表現されたもののバランスのもたらす個性。そんな拘りを大事にして行きたいと思います。

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バッハ「フーガの技法」:ドイツ・バッハゾリステン

「やっと、探していたものに巡りあえた」、そんな気にさせる演奏でした。バッハの「フーガの技法」BWV1080は、バッハの場合いつものことながら楽器構成や曲順等、版が定まっておらず、しかも「フーガの技法」の場合には未完に終わっているフーガもあり、さらに、そもそも実際に演奏することを目的として作られているのかという議論もあり、ややこしい背景を持っています。我が家には、オルガン、ハープシコード、弦楽合奏、管弦楽合奏の演奏録音があり、その中では、ルドルフ・バルシャイ指揮モスクワ室内オーケストラの少し速目の演奏を時々聴いていました。昨日、中古CDで、ヴィンシャーマン指揮ドイツ・バッハゾリステンの1974年、日本録音が届きました。録音監督を井阪 紘氏が担当しています。この方は彼らの演奏で同じくバッハの「音楽の捧げ物」、ブランデンブルク協奏曲第5番他も担当し、ホールの響きの入った”空間”を感じさせる録音をしています。この「フーガの技法」も空間を感じさせる演奏で、少しヒンヤリした感じの空間に、温かみを感じさせる楽音が響く、という趣になっています。

01 少しゆっくり目の演奏で、旋律をよく歌わせ、いつ果てるともなく基本的に同じパターンが繰り返されて行きます。それぞれの旋律が互いに絡み合っていく様に少し耳を傾けるだけで、心が洗われて行くような気がします。演奏者の名前を数えると、チェンバロのゴットフリート・バッハ氏を含めて10名、それと指揮者です。オーボエ奏者として宮本文昭氏の名前もあります。この録音のもっと後に、ヴィンシャマン指揮ドイツ・バッハゾリステンの来日演奏会に行きましたが、ウィルヘルム・ケンプのピアノ・リサイタルと並んで、音楽演奏という行為の素晴らしさを体験した忘れることの出来ない思い出となりました。

この演奏は、何かに向かって進むというものではなく、響いているその瞬間瞬間の素晴らしさが伝わって来るもので、繰り返し聴くことが出来るものと思います。未完のフーガの後に、バッハのコラール「主よ人の望みの喜びよ」BWV147が入っています。

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LPプレーヤーの調整:「運命」の響き

Dp47f01 我が家にあるLPプレーヤーのうち、ビクターDP-47Fは少し回転トルクが弱いようで、時々正規回転に至らず、フラフラすることがあります。今朝、思い切って調整にチャレンジしました。ターンテーブルの下の隠れたところに半固定抵抗器が3個あるのに気付いていたので、それらに触ることにしました(写真)。意外と穴が深く、普通のドライバーの先では届かないため、焼き鳥の串を削って使いました。

結局、それらの抵抗器はターンテーブルの回転には関係ないことが分かりました。では、一体何の調整用のものなのか知りたくなり、いろいろ試したあげく、一時はトーンアームがまともに動かなくなり焦りましたが、さらに1時間以上粘って、アームの動作を正常にすることが出来ました。そして、わかったことは、それぞれの抵抗器が、手前左から、針圧調整用、演奏終了後に針を上げる内周位置調整用、それとリフトアップのON/OFF調整用でした。回転トルク不足の件は、結局、回転開始時にターンテーブルの縁を指で勢いづけることで対応することにしました。極めて原始的な方法です。

先日、ベートーヴェンの交響曲第5番の演奏がテレビに流れた時、その響きにとても懐かしさを覚えました。今朝、他の方のブログを覘くと同曲の演奏について書かれておられましたので、同じ演奏録音のCDを掛けてみることにしました。そのイッセルシュテット指揮、ウィーン・フィルの演奏からは、柔らかさを覚えました。ウィーン・フィル、ウィーンの会場の最前列の席で実際に聴いたことがありますが、やはり素敵な響きですよね。でも、私がよく聴いていたのは、当時、スーパー・ウルトラ・ベストセラーだったワルター指揮、コロンビア交響楽団のもの。録音用のオーケストラではありましたが、録音処理がよかったのでしょうか、残響が付いて何とも独特の雰囲気があります。私にすり込まれた「運命」の響きです。そういえば、そのワルターのLPを聴くのに使った一体型のステレオには、残響を付加する機能が付いていて、よく面白がっていじっていたものでした。

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指揮者ヴァンデルノートのこと

中学生の頃、友人宅に行って、父君のレコードを聴かせてもらっていたことがあります。装置は、ティアックのターンテーブルにオルトフォンのSPU、アンプはラックスのSQ38、スピーカーはグッドマンの301。聴いたLPの中に、ヴァンデルノート指揮の、ベルリオーズ「幻想交響曲」があったと思います。「ありました」と言いたいのですが、中古LPを探してももなかなか見つけられず、記憶違いだったのだろうかと心配になっています。録音テープの幅が広くて高音質、という趣旨のキャッチフレーズがジャケットに付いていたように記憶しています。まさに、幻想、だったのか。

Photo 今日、1枚の中古LPが届きました。ヴァンデルノート指揮、リムスキー・コルサコフの「スペイン奇想曲」です。そのジャ2ケットに”35MM”云々と書いてあり、どうやら、上記の「幻 想交響曲」のLPは、このシリーズだったのではないかと思った次第。この「スペイン奇想曲」は、スペイン風ではないものの、快活な感じで素敵な演奏です。他の曲ですが、ヴァンデルノートの1991年頃の演奏録音も聴きます。でも、どうも若いときの方が、響きに対する感覚がよかったのではないか、と思ってしまう次第。

アンドレ・ヴァンデルノートは, 1927年6月2日生まれで1991年11月6日に亡くなったベルギーの指揮者です。若い頃には、将来を大変嘱望されたそうで、確かに、LPに残っている演奏を聴くとその自在さに魅力を覚えます。幻想交響曲の演奏は、晩年のものがCDで出ていますが、それはまだ入手していません。それにしても、古いLPの方が中々見つかりません。

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今日から仕事:昨日の二重唱

夕食後すぐ寝てしまい、午後10時半頃目が覚め、2時間半ほど仕事をし、また寝る準備をしています。

昨日は、朝、郵便局の休日窓口に行って現金書留を出した後、近くの店で”せいご”(スズキの小さいやつ)を買い、夕食に刺身にして食べました。素人のやることですから骨が少し残っていたりしますが、味は結構なものです。一緒に、自分でタレを作ったラーメンも食べました。醤油タレの作り方は、いたって簡単なものです。味のよい醤油を使い(溜まり醤油と本醸造の醤油半々)、チャーシューを作った際の残った醤油です。チャーシュー用の豚のバラ肉は、少し脂身が付いている方がタレには適当です。出汁はとらず、化学調味料を使います。一緒に玉葱を細かく刻んでドンブリに入れます。札幌のオリジナルのラーメン横丁では、化学調味料を沢山使っていました(一応、出汁はとっていましたが)。但し、化学調味料は入れすぎると舌が痺れます。小学生だった頃、父親に連れて行ってもらった店で、ドンブリに化学調味料と塩を耳掻きのようなもので、サッサッと入れて入れていたことを、今でもよく覚えています。

昨日は、教会で教会建設50周年のお祝いをしました。私は、祝会の後のテーブル等の片付け手伝いもあるので、参加しました。長老の二人が、賛美歌の二重唱をしました。面白く聴けました。そのうちの一人とは、ずうっと以前に、クリスマスにフルートの二重奏をしたことがありました。彼は私とは違って、音取り等、音楽センスが良く、演奏も器用でした。祝会の間中、病気の同僚のこと、これから長い休みをとる職場の若い人のこと、奥さんをなくした同僚のことを思い出していました。

こうして、いろいろあった今年のGWが終わりました。

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「子供の日」そんなの関係ない:シュヴァイツァーのオルガン演奏

昨日は「子供の日」。でも、朝から職場に出て、昼過ぎまで資料作り。夕方、同僚と打合せした後、普段よりは少し早い時間に職場を離れて、珍しく真直ぐ家に帰りました。と言っても、家の近くのスーパーマーケットに寄りました。地元他で獲れた魚を買い、家で刺身にしました。包丁を軽く研いだ後、三枚におろします。少々形は悪くても自分で作ったものは格別です。最近は、鰹、いなだ、鱸/せいご、等をよく食べます。

昨日、職場のイントラネットに訃報が載っているのを見つけました。かつての同僚の奥様が亡くなられていました。長らく療養生活を送っておられ、1年ほど前、様態がよくないとのことで、夫君が休職して看病していました。思い切って電話し、少し話しました。

0_2 今朝もとんでもない早い時刻に目が覚めてしまいました。またLPを引っ張り出し、聴くことにしました。こんな時間ではピアノよりオルガンの方がいいでしょう。シュヴァイツァー演奏のバッハのオルガン曲にしました。以前、中古LP/CD店で見つけたLPです。多分同じ持ち主が放出したものと思いますが、時間を相前後して計4枚見つけました。さらに少し後に、メンデルスゾーンのオルガン・ソナタのLPも見つけました。

引っ張り出したLPには、大変有名なトッカータとフーガ-ニ短調(BWV 565)やフーガ-ト短調「小フーガ」(BWV 578)が入っています。解説によれば、1935年12月録音です。バッハ演奏の鑑賞に関しては、もともと演奏の上手い下手はあまり関係ないように思っているところですが、シュヴァイツァーのような歴史上の人物の演奏録音については、ただただ感激するのみです。各フレーズに籠められたものを受け取るようにするだけで、多くのことが伝わって来るように感じます。意外と強弱もよく録音されており、ふと音が小さくなった時など、ハッとすることがあります。演奏が終わった後に静寂の素晴らしさを覚えるのは、感動の深さの故でしょう。

こちらでは、朝刊がとても早い時刻に配達になります。3時ちょっとに来ます。先ほど、新聞を取りに行った時には、まだ暗かったのですが、今少しだけ明るくなって来ました。この時間、知人の中には、まだ寝ている人に混じって目が覚めて、悲しい思いや辛い気持ちを抱えている人がいることを、直接には何もしてあげられずに遠くで思っています。

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朝早く起きて:アマデウス四重奏団

昨日昼過ぎ、地域放送で民家火災が起こっていることが流されていました。夜になって家人に電話があり、何と知人宅が全焼になったとのことでした。また、家の中にいた人が軽い火傷をしたとのこと。長男が小学生の頃に入っていた野球チームでセカンドを守っていたY君の両親の家でした。当時の野球チームの父母仲間で募って見舞金をおくることにしました。出火原因が何であれ、その時家に居た人にとっては、とても辛いことでしょう。

最近、ちょっとしたことで、人と人のコミュニケーションの難しさを改めて覚えることがあります。発した言葉の意図が正しく伝わっていないことが時々あり、改めて言葉をしっかり選んで言い直したり、逆に、相手が何を言いたいのか分からず、何故意味が分からないのかを説明してあげることもあります。ややこしい状況の時には、慎重になってしまいます。

言葉で表現することが難しいことを、音楽が表現出来てしまう、というか音楽だから出来ることがあると思います。それを聴いて、どう感ずるかを言葉で表現しようとするのも、かなり難しいことと思いますが、敢えてそれを行おうとするところが、いかにも人間らしいとも思えます。

今日は朝早くに目が覚めて、昨日のことを思い出したり、幾つか調べもののようなことを行った後、ちょっとぼんやりしようとLPを小さい音で聴くことにしました。

Q01_2 今、モーツァルトの弦楽五重奏曲ハ長調K.515を聴いています。演奏はアマデウス四重奏団に第2ヴィオラとしてアロノヴィッツが加わったものです。アマデウス四重奏団を聴くようになったのは比較的最近で、その明るい響きと、旋律の歌わせ方に特徴があるように思います。抑揚やアクセントの付け方が私には分かりやすく、第1ヴァイオリンの音が抜きん出ている各楽器のバランスも、たまにヴィオラが第1ヴァイオリンに伍して旋律を奏でる部分が際立つことになって、理解しやすくしてくれています。

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お世話になったブログの活動停止のこと:クラシック音楽の・・・・・

01_2 クラシック音楽に関し、掲示板「・・・猫」が閉鎖になって久しく、最近また一つのブログが活動停止しました。ハイドシェックのことなどの紹介を受けたり、コメントに返答を頂いたり、大変お世話になったので、とても残念ですが、ご当人にそれなりに理由があったことと推察する次第です。特に最近、そのブログに寄せられるコメントの数がとても多く、丁寧にそれら一つひとつへ返答を書かれておられ、本業が忙しい中で、毎日時間を掛けておられた様子で、ちょっと心配していたやさきでした。

私は、以前、役員をしていたある趣味のクラブを、その任期途中で辞めたことがあります。時には、不快なことを我慢したり、長い時間を掛けたりすることはあっても、趣味の世界で無理を長く続けることはありません。

今、TVでヤナーチェックのオペラ「死者の家」を見ています。当然、録画しています。何ともリアルな舞台で、音楽だけを聴いてもここまで想像出来そうにないものです。

最近、DVDに関心が行ったり、再生音の調整をしていたりしたためでしょうか、ちょっと音楽に集中できなくなっています。集中して聴けるのは、先日、次男のジョイント・コンサートのDVDや会場側で作ってくれたCDくらいでしょうか。LPやCDを聴いて、ちょっと集中できたかと思うと、寝てしまっています。そんな訳で、音楽鑑賞について書きたくても書けない有様です。そのような時、同好の志であるブログにお邪魔したくなるのですが、お邪魔先がなくなってしまい、また彷徨っている状態です。

[5月6日追記] 先ほど見ると、上述のブログが再開していました。とても嬉しく思います。でも、また忙しくするといけないと思い、コメントの書き込みはしませんでした。

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ヤナーチェックのヴァイオリン・ソナタ:久し振りに聴いた録音

01_3 ヤナーチェックのオペラの録音を集め、一通り揃いました。指揮者はマッケラスやノイマンです。しかし、今夜はオペラではなく、ヴァイオリン・ソナタを聴きました。ヴァイオリンはヨゼフ・スーク、ピアノはヤン・パネンカです。スークは、学生の頃、札幌で聴きました。堂々としていたことだけを覚えており、その時演奏した曲は忘れました。

ヤナーチェックのヴァイオリン・ソナタを聴くのは、本当に久し振りです。この演奏を録音した年が分からないのですが、音の良いモノラル録音なので、1950年代後半だろうと思います。聴くと、何と一箇所のメロディーとちょっとしたヴァイオリンのパッセージを覚えていただけでした。実はこのレコード、B面にドビュッシーのヴァイオリン・ソナタが入っており、当時、こちらの方が気に入って、もっぱらB面を聴いていたので、A面の演奏に疎いのかもしれません。でも、ヤナーチェックの音楽は、不思議と心に沁みて来るものがあります。

今日、職場で二人の同僚が退職しました。世話になった人達が辞めるのを見送るのは、とても寂しいものがあります。世話になった感謝の言葉を伝えると、二人共ちょっと涙ぐんでいました。お二人の健康を祈るのみです。

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精神安定剤としての音楽:職場の若い人のことを思って

0_3 時々、思い出したように、音楽による心療療法を調べることがあります。アルファー波がどうとか...。自分で試してみると、効果ははっきりしません。自分が素直でないのかもしれません。でも、かつて、ある作曲家の音楽を聴くと、頭(の中)が強く刺激された感じで、ちょっとぴりぴりするよう感じになることが続きました。その作曲家とは、ヨハン・セバスチャン・バッハです。パブロ・カザルスの弾く無伴奏チェロ組曲など、特に影響が強かったと記憶しています。「ブランデンブルグ協奏曲」や「音楽の捧げもの」もそうでした。何年か前、ブリリアント・レーベルから出たバッハ音楽全集を入手した際、教会カンタータを毎日聴いて全曲を聴くという企てを実行した後は、以前のような強い刺激を受けることはなくなりました。今は、バッハは私の一番好きな作曲家?ではないかと思います。

私は、仕事はもとより家のことでも拘束されることが嫌いな性分で、仕事に行く時は不機嫌で、家ではすごく大事な時以外はほとんど勝手に遊んでいます(この遊びが結構忙しいのです)。朝の通勤前、通勤途中、休みの朝「さあ遊ぶぞ!」と起きた時、あるいはやっと自分の時間が持てた時など、よく音楽を聴きます。思えば贅沢な時間です。聴くものを、素晴らしい音楽の中から自分が選ぶことが出来るのです。音楽を聴いている間、特に録音されたものを聴いている時は、聴こえて来る響きについて感じ取ることに集中している場合もありますが、いろいろ考え事をしている場合もあります。音楽を聴きながら考え事をすると、とても心が落ち着いて来ること場合が多く、私には、ビールを飲むのと同じくらい、精神安定剤代わりとなっています。この場合、どの曲や演奏がいいかを語るのは結構大変なように思います。

最近、職場の若い人が「仕事に集中できない、ミスが多い」と悩んでいることを聞きました。自分も、新入社員当時は似たような悩みがあって、何故職場の先輩方が大きなトラブルが発生した時でも冷静に対応出来るのか不思議で、劣等感さえ覚え、一人になった時に座禅のようなことをしたり、心理学関係の本を読んだりしたものでした。今は、仕事に対処する具体的方法に加え、自分の気持ちをコントロールする幾つかの方法を覚え、仕事に関しては精神的に圧迫されることなく過ごしていると思います(家人を含め、周りには時々迷惑を与えているようですが)。

職場のその若い人は、音楽を特に趣味にしているようではありませんが(以前、次男の歌っているCD-Rを聴いてもらった時には、結構面白がってもらいましたが)、仕事にとても真摯に対応していて、いい成果を出しています。休んでも根本的解決にはならず、音楽が時間を重要な要素にしているのと同様、流れていく時間が助けてくれるように思うのです。私でさえ、(顔は崩れましたが)何とかなったのですから。

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モーツァルトのピアノ協奏曲第20番:病気の友人のことを思いながら

昨日、居間にあるLPプレーヤー3台のカートリッジをすべて交換しました(SPU-GE、DL-80MC、V15typeⅢ)。それぞれ、本来、トーンアームとの組み合わせが一番良いと思われるものにしたのですが、結果、以前のM44G、M75、2Mredの時はそれぞれ特徴が出ていたのですが、3台とも同じ傾向の響きになってしまいました。こうなると、LPプレーヤーは1台あれば十分ということになりそうで、途中で寝てしまうことの多い私には、DENONのフルオートプレーヤーがあれば済みそうです。

Photo sawyerさんのブログで指揮者ベルンハルト・パウムガルトナーのことを取り上げておられたので、レコード棚を探してクララ・ハスキルのピアノで録音したモーツァルトのピアノ協奏曲第20番ニ短調のLP(fontana、FG-211)を引っ張り出して来ました。1954年のモノラル録音です。この曲のハスキルの演奏は少なくとも5種類あって、私のところには、1950年頃の録音のヘンリー・スウォボダ指揮のものと、1960年録音のイーゴリ・マルケヴィッチ指揮のものがあります。

さて、パウムガルトナー指揮のものは、オーケストラが私の好きなウィーン交響楽団であり、どうもそのせいもあって、適度の明るい響きを加えているように思います。ところで、この曲は大変有名な曲で、モーツァルトのピアノ協奏曲の中でも、特に陰影の深い表情が聴き取れるように思います。でも、このLPにおいて、ハスキルのピアノがもっと詳細まで録音されていたら、と思うこともあるのですが。

朝早くに目が覚めて、小さい音で音楽を聴いていると、昨年から体調を崩し、職場を休むことの多い友人のことを思い出します。朝、目が覚めたとき、彼は何を思うのか。まず、自分の今の状況を思い出しているのではないか・・・。彼とは、長らく職場が一緒で、実に多くの仕事について助け合って成果を出して来ました。一昨年、仕事においてとても厳しい状況に置かれた時に何とかやり通せた時も、彼の頑張りに大いに感謝したものです。しかし、その仕事の結果として、最低限の成果は出せたものの、上司は辞職し、私も自ら申し出て職場を移ることになる等の結果が待っていました。職場に残った友人がその後体調を崩したことを知った時は、大きな衝撃を受けました。

このブロクを書き始めた時期というのは、上記の厳しい仕事に取り組んでいた最中で、自分の心の記録にしようとしたものです。しかし、当時の厳しい状況は、友人の病気という形で今でもその影響が残っており、友人の回復を祈る日々が続いています。

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心が自由であること:音楽を聴きながら

いつの間にか、心が縛られている感じになることがあります。すごく大事なことに没頭している時には、忙しい割には心は案外自由で、思い切った発言や行動をしているのに、大きな目標が目の前にないような時には、遠慮、気兼ね等々、判断を間違うようなことが多いように思います。

次男のジョイント・リサイタルが終わり、会場で撮ったビデオをDVDにして毎日観ていますが、これが結構楽しく、改めていい会だったと思う次第です。受付けに長男が手伝いに来てくれたり、古くからの知人が多く聴きに来てくれたり、また今年90才になる義父も来てくれて、いい思い出にもなりました。

Photo ハイドシェックのピアノをCDやLPで聴いたり、プロコフィエフのバレー音楽「シンデレラ」全曲やオペラ「三つのオレンPhoto_2ジへの恋」全曲をLPで聴いたりしながら、これからのことを 考えていると、冒頭に記した感慨を覚え、もっと自然に、自分のしたいことをする時期になったのかな、と思う次第。先週水曜日に出発してジュネーブに行き、日曜日の朝に成田に帰って来て、月曜日は家で休みながら、今回の出張で起こったことを思い出しながら、そんなことを考えていました。それにしても、飛行機の乗換えでしばらくいたフランクフルト空港で、半分以上からになったウォッカの瓶の持ったロシア人(と思われる)中年女性にかなり長時間カラマレタのには参りました。ジュネーブのホテルで椅子に座っていたら、すぐそばの照明のコンセント部分から突如スパーク音が聴こえたり、オカシナことは往々にして続いて起こるものです。まあ、8年ほど前に実に奇妙なことが旅行中続いて起こったことに比べれば、大したことはないのですが。そういえば、2年前に引っ越して来て以来、変な(アブナイ)夢を見なくなったのは、歳にせいか。

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面白いピアニスト:エリック・ハイドシェック

00 他の方のブログで紹介されていたのを見て、ハイドシェックの演奏録音を聴き始めました。面白いと言っても、可笑しいという意味ではなく、興味深いという意味です。とても自由で、心が開放されるような、そんな演奏をする人ではないかと思います。モーツァルトのピアノ協奏曲のLPを、最近、中古で入手したのですが、伴奏のヴァンデルノートの指揮も同様に自由さ・自在さがあって、第20番ニ短調など、無理なく曲に接して聴けたように思います。

昨晩、30年以上前に録音したベートーヴェンのピアノソナタ全集のCDを入手し、ワルトシュタイン等を聴きましたが、少し軽い感じではあるものの、これも無理した感じがなく、面白いなあと思います。でも、この全集のCD、4枚ずつ入ったケース2組の構成になっているのですが、なんと両方ともほぼ同じ後半(第16番以降)のものが入っているという不良品でした。「ほぼ」と書いたのは、1枚だけ、一番最初のCDが入っているという、これまた不思議な不良状態だったからです。お店に交換してもらうことになりました。

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最近、よく聴く音楽:ビートルズとカレーラス

Dl80 LPプレーヤーとカートリッジに久しくのめり込み、やっと音楽に戻って来ました。と言っても、ずっと音楽は聴いてたわけで、ビートルズの初期の演奏を聴いて、夢の中で、自分のとっても若い頃の情景を見たりしていました。カートリッジでは、DP-47Fに本来付いていたDENONのDL-80(写真)を入手しました。MC型らしい、実体を感じるいい音です。でも、ビートルズにはSHUREのM44Gが抜群に合っています。音の輪郭がはっきりしていて、すっきりとした音場を聴かせてくれます。

Photo ビートルズと併行して聴いていたのが、ホセ・カレーラスの「ホセ・カレーラス リサイタル」というタイトルのLPです。ファリャ、ハルフテル、トゥリーナ他の歌曲が入っています。スペイン語で歌われている(と思う)各歌曲は、いずれも充実していて、もしかすると、カレーラスの最良の演奏録音ではないか、と思ってしまうほどです。このLPについてはM44Gで聴くと物足りなく感じる辺りが、オーディオの面白いところです。

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この1ヶ月間で、ちゃんと聴いた演奏録音

Toshi001 すっかり、音楽のことを書くことが少なくなってしまいました。DVDレコーダーを買って、録画に夢中になっていることが原因していると思います。最近も、息子達の声楽発表会のビデオテープをDVDに移す作業を楽しみました。でも、音楽は毎日聴いています。ただ、ブログに書くほど、ちゃんとは聴いていないことが多いのです。そのような状態の中で、この一ヶ月の間でちゃんと聴いたのは、次のものです。

Photo ヘンリー・パーセル作曲、オペラ「ディドとエネアス」。エマ・カークビー(ソプラノ)他とアンドリュー・パロット指揮の1981年録音のCDです。この曲については、以前書いたことがあるのですが、その後、このCDを通販で入手し、繰り返し聴きました。パーセルの音楽の中で人の感情が豊かに表現されていて、何度聴いても飽きることがありません。録音時間が56分なので、聴き易いこともあります。

Photo_2 リヒャルト・シュトラウス作曲のオペラ「影のない女」はLP4枚組みです。一気に聴き通すことが出来ず、1面ずつ聴きました。カイルベルト指揮バイエルン国立歌劇場オーケストラ、イングリッド・ビューナー(ソプラノ)、フィッシャー=ディースカウ(バリトン)、ハンス・ホッター(バス)他の1963年の演奏録音です。筋がどうとか、全体構成がどうとか、と言うのではなく、モノローグ的なところを聴いていると、とにかく心が落ち着きます。演奏には決してダレる感じはありませんが、続けて聴くのはちょっとキツく思います。

Photo_4 意外と面白く聴けたのが、リムスキー・コルサコフのオペラ「金鶏」です。LP2枚半(計5面)で、モスクワ放送管弦楽団、アレクセイ・コバレフとエフゲニ・アクロフの指揮と書かれています。同曲の組曲版はラインスドルフ指揮ボストン交響楽団のLPで聴いていましたが、全曲版は初めてです。金鶏をイメージするメロディーが要所要所に出て来て、血生臭い筋の割には、親しみやすい音楽です。

以上の他にも、いろいろCDや中古LPを入手しているのですが、一気に聴き通す元気がなかなか出ません。代わりに、録画したい番組を見つけては、DVDにすることに時間を掛けていることが多いのです。家人に頼まれて、フィギャースケートの番組を録ることも多いですが。

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新年初聴き:「火の鳥」

暮れに二人の息子が帰省し、久しぶりに親子4人が揃って年越しをしました。人数が倍になると、さすがに家の中が賑やかになります。食事の量も多く、買っておいたものが次から次となくなって行きます。昨年は、息子共々、一昨年のリベンジの年で、皆それを果たせた年でした。そんなこともあり、数日一緒にのんびりと過ごしました。

01_2 元日の朝に聴いた音楽はストラヴィンスキーの「火の鳥」、家人のリクエストでした。ピエール・モントゥー指揮、パリ音楽院管弦楽団のCDで聴きました。何とも洒落た響きで、素敵な演奏です。同じCDに入っていたリムスキー・コルサコフの「シェエラザード」も聴きましたが、耳を凝らすようにして聴くと、身体が痺れるような素晴らしい響きが聴かれます。演奏家のセンスの裏に経験がどのように潜んでいるのか、その人の思想・哲学が音に顕れているのか、興味のあるところです。

01_3 2日には、ルドルフ・バウムガルトナー指揮、ルツェルン音楽祭室内管弦楽団の演奏録音(LP)で、モーツァルトのディヴェルティメント第1番ニ長調K.136を聴きました。この演奏の特徴は、第1楽章の中間部で、まるで風が流れるような弦の調べが聴こえて来ることです。イ・ムジチやマリナー指揮のものも素晴らしい演奏ですが、この部分に関してはバウムガルトナーのものが見事に”風”になっています。私の好きな演奏録音の一つですが、今は入手困難のようです。

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べートーヴェン「荘厳ミサ曲」:第9「合唱」よりも

01 このところDVDレコーダーに凝ってしまい、LPやCDをあまり聴いていなかったのですが、今日は声楽を聴きたくなり、べートーヴェンの「荘厳ミサ曲」(作品番号123)のLPを引っ張り出して来ました。カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン合唱協会、ヤノヴィッツ(ソプラノ)、ルードヴィッヒ(アルト)、ヴンダーリッヒ(テノール)、ベリー(バス)、1966年録音です。

「荘厳ミサ曲(ミサ・ソレムニス)」は第9交響曲(作品番号125)の前(第8交響曲の後)に作曲され、「キリエ」、「グローリア」、「クレド」、「サンクトゥス」、「アニュス・デイ」から構成されています。ブルックナーの「テ・デウム」と第9交響曲の関係と似ていて、宗教曲と世俗曲の対のような印象があります。ちなみに、ブルックナーの第9交響曲の補完された第4楽章には、テ・デウムの音型が出てくるので、すごく近しいものを覚えますが、ベートーヴェンの方では、そのような似た音型には気付きませんでした。

カラヤンの同曲の最初の録音であるこのLPを5年ほど前に中古で入手し、以来よく聴いて来ました。素晴らしいソロイスト達が最高の歌声を聴かせてくれます(ヤノヴィッツの声が素晴らしく綺麗です。この人のシューベルトも最近よく聴いています)。声楽が常に支配的なこの曲にあって、カラヤン指揮のオケの演奏も少ししまった感じで快く響いて来ます。まるで、声楽のための協奏曲のような感じで、カラヤンは協奏曲の伴奏は上手ですから。ソロイストの一人、ヴンダーリッヒは、この録音のあった年に亡くなっています。この人がベートーヴェンの第9をこの録音の他のメンバーと一緒に残しておいてくれたら、きっと毎年そればかり聴いたのではないかと思います。いわば、この時期、この演奏録音を聴きたくなったのは、そのような願望の顕われではないかと思います。80分ちょっとの間、素晴らしい演奏を聴き、いい時間を持てたと思います。それにしても、素晴らしい独唱陣です。CDがとても安くなり、LPでも中古で昔の名演奏が入手出来る一方、残念なことに時間が無く一回聴いただけのものが多くなっている中にあって、この録音は、繰り返し聴くことが出来る特別な価値を持ったものだろうと思います。私は、多くの人の評価に迎合したり、権威主義でもないと思いますが、このような特別な演奏録音があるように感じます。

その後、フリッチャイ指揮、ベートーヴェンのオペラ「フィデリオ」のCDを引っ張り出しました。この曲、今までちゃんと聴いたことがないのですが、聴きたくなりました。この数日、第9「合唱」を聴く時期だなと思いながら、思った途端に頭の中に曲のイメージが出てしまい、聴く気がしなくなってしまっていたのですが、代わりのものを見つけたようです。息子の影響があるでしょうが、器楽中心から声楽中心に移って来たようです。

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一ヶ月分の話:そろそろ今年を振り返って

ほぼ1ヶ月間、書き込みをしていませんでした。この間、音楽では、ヘンリー・パーセルの歌劇「ディドーとエアネス」のCD、R・シュトラウスのいろいろな歌劇のCD、それとビング・クロスビーのホワイト・クリスマス等のクリスマスソングCDをもっぱら聴いていました。パーセルはピノック指揮のものから聴き始め、後にパロット指揮(1994年録音)も聴き、目下他に 2種類のCDが届くのを待っている状況です。演奏によって随分イメージ01が変わる曲だと思います。R・シュトラウスは、入手可能な歌劇のCDを曲として一通り揃えよう(総てのCDを集めるのではありません)という、いつものコレクター心理が働き、まとめて注文してしまいました。

家族に関しては、教員志望の上の子が来年、正式に採用されることになり、声楽志望の下の子は音大の大学院の試験に合格し、来年から再び学生生活をすることになりました。希望のあることが一番です。職場関係では、今まで一緒にいくつのも仕事をして来た大事な仲間の一人が病気になり、手術をしました。毎日、彼の回復を祈っています。

オーディオ関係では、ついに我が家にDVDレコーダーが入り、音楽番組の録画をしています。DVDレコーダーの値段が急激に安くなりましたね。浅田真央を応援している家人は、フィギャースケートの録画をして楽しんでいます。

ところで、地球環境対策として省エネをするのなら、一人ずつの電気使用量、灯油使用量、ガソリン使用量の制限を行ったらどうなのでしょう。そうなると、私などは、いつでも好きな時に大きな音で音楽を聴いたり、録音・録画が出来なかったりするのかもしれません。でも、家族で一緒に暮らしたり、子供が出来るとその分がもらえるとか、思わぬいい効果もあるように思います。お風呂も、複数で続けて(一緒でもいいけど...)入ればいいと思います。一方で、贅沢とは、演奏会に行くとか、ゆったりとした時間の使い方を意味すること、というふうになってくればいいのかな、と思います。どうも私達は、ライフスタイルを見直す時に来ているように思います。時間を持つことに大きな意味があるように思います。病気の治療をするのも、健康でいる時間を長く持つことが目的のように思えますし、一瞬の楽しみも、次の楽しい瞬間を待つことにつながって行くように思えます。

明日からの三連休、楽しみにしていました(今朝から)。

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穏やかなドビュッシー:安川加寿子さんのLP

このところよく聴いている録音の中に、安川加寿子さんの演奏したドビュッシーのLPがあります。最近も「映像」Ⅰ・Ⅱ、「版画」等のLPを入手し、聴いています。若い頃、長くフランスで暮らし、ラザール・レヴィ氏に学んだということで、演奏にその影響が強く出ていると思います。ちょっと聴くとおっとりした感じですが、音のバランスや不意の表情変化、そして何より安定したテンポ感は、強くはないものの個性を覚え、音楽に集中出来るものがあります。「アラベスク」第1番を聴いても、洒落てますね。素晴らしいピアニストでした。ドビュッシーの録音はCDになっていないようで、残念です。

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サーストン・ダート:ブランデンブルク協奏曲

海外出張と国内出張が続き、2週間ぶりにやっと今、自分の時間が持てています。出る直前に届いたサーストン・ダート指揮、フィロムジカ・オブ・ロンドンのLPで、バッハのブランデンブルク協奏曲のまだ聞いていなかった2枚目の方を聴いています。第4番の二つのリコーダーの透明な音色と、目まぐるしく動く独奏ヴァイオリンの音が、疲れた気持ちのバランスを回復させてくれるかのように部屋に響きます。実に生きいきとした演奏です。第5番におけるダートのチェンバロは、他の楽器と掛け合いながら、いろいろ表情を変化させて行きます。マリナー指揮にダートがチェンバロで参加した同曲の演奏録音があり、生きいきとした感じがよく似ていますが、このダート指揮の方はより素朴な印象があると共に、いろいろな表情を発見します。マリナーの後の演奏録音ではここまでの生きいき感は無いので、やはりダートの影響が大きかったのだと思います。生きいきとした演奏ということでは、ヴィンシャーマン指揮、ドイツ・バッハゾリスデンも同様な印象がありますが、響きやアクセントのつけ方に違いを覚えます。

一緒に入手したダート指揮によるヘンデルの「水上の音楽」も、とても生きいきとした演奏になっています。以上、2種類のダートの演奏は、中古LPで入手したのですが、多分CDにはなっておらず、入手が難しいかもしれません。別に有名な人の古い演奏録音に拘っているわけではなく、身近でこのような演奏が聴けたらいいなと思います。でも、今日のように疲れが溜まっている時は、出かけることは思いつきません。家で音楽を聴きながら、ヨースタイン・ゴルデル著「オレンジ・ガール」を読んで過ごそうと思います。

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元長老の逝去:バッハ、ミサ曲ロ短調

私が通っているキリスト教会で少し前まで長老をしていたT氏が、今週亡くなられました。裁判官を務められ、引退後、こちらの方に居を構えておられました。教会のための仕事に長老として奥様と一緒に努められ、教会堂の修繕のための多額の基金も出されました。昨年、14年ぶりに私がこちらに戻って来た時には既に長老職を退かれ、時々体調を崩しておられたことがありました。私の方も、14年の間でいろいろなことがあったため、教会での交わりにすんなり入れない日々が続き、T氏と親しく話す機会を持てないままでいました。何ともやりきれない思いです。インターネットでT氏の名前で検索すると、かつての裁判官時代の業績を一部知ることが出来、改めてT氏を偲ぶ次第です。

プロテスタント系の教会なので、ミサ通常文によるミサ曲とは直接関わりはないのですが、プロテスタントであったバッハの曲なので、私はマゼールの若い頃の演奏等で時々聴きます。今日はヨッフム指揮バイエルン放送交響楽団と合唱団のLPを取り出し、朝からで聴いては、T氏の人柄を思い起しています。

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ゴルデル著「アドヴェント・カレンダー」、それとビル・エヴァンス・トリオ「パリ・コンサート」

金曜日(26日)にゴルデル著「アドヴェント・カレンダー」を読み始め、日曜昼に読み終わりました。20世紀のノルウェーから時間を逆戻りしながらベツレヘムに旅し、イエス・キリストの誕生の場面に居合わせる、という物語を、この本の中の主人公が読んで行くというストーリーです。実に面白い発想で、ヨーロッパの歴史のある面(多分にキリスト教の関係)をなぞって行くことが出来、最後まで飽きることなく読めました。「ソフィーの世界」では、ストーリーの中に哲学(史)が含まれていて、それも面白いものでした。以前、イギリスの作家、アレックス・シアラーの書いたものを3作読みましたが、それとも一部共通する新鮮さがありました。両者の共通点は、主人公として(あるいは主人公達の中に)子供が登場し、素直な感覚を蘇られてくれる点です。この世に生きている、実存している不思議と、まわりの出来事の不思議を改めて感じさせてくれるように思いました。そうそう、「アドヴェント・カレンダー」の中で、またバッハの音楽のことが出て来ました。ゴルデルは、かなりバッハが好きですね。

Bill4 音楽も、時間の流れの中で、一瞬現れては消える音から出来ています。録音というものがあり、再生装置が結構いい音で鳴らしてくれるので、不思議さが幾分抑えられてBill1い ますが、それでも録音の元となった音自体は過ぎ去っています。今、ビル・エヴァンス・トリオのパリ・コンサートというジャズを聴いてい Bill3_2 ます。1979年11月26日録音です。ビル・エヴァンスの最後のグループです。この録音に出会ったのは25年前、アメリカ、ナッシュビルのレコード・ショップでした。以来、毎年、秋になると聴いています。第1集と第2集が出ています。ピアノの音がきれいで、深まる秋を思わせる、ちょっとメランコリーな雰囲気が漂っています。ベースやドラムのソロのところも聴き応えがあり、何度聴いても飽きることがありません。その意味では、25年前の感覚がまだ少しは自分に残っているようです。11月上旬にジュネーブに行って来ます。ヨーロッパの秋の空気を吸って来ます。

今更ながらではありますが、好ましくないことに巻き込まれない”普通”ということの有難さを覚える一方、”今”が当たり前に感じてしまう危うさも覚えます。そう、石ころを見ても不思議に思う、そんな感覚って大事なんですね。

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ゴルデル著「鏡の中、神秘の国へ」:バッハのオルガン協奏曲

「ソフィーの世界」を読んで以降、著者のヨースタイン・ゴルデルのほかの作品も読んでいます。その一つ、「鏡の中、神秘の国へ」の中で、ヨハン・セバスチャン・バッハの「オルガン協奏曲」のことが出てきます。バッハの「オルガン協奏曲」って聞いたことがないので、最初、ヘンデルの間違いではないかと思っていたのですが、後で調べてみると、確かにあります。オルガン・ソロの曲です。考えてみれば、ハープシコードの曲で「イタリア協奏曲」というのがあるのですから、「オルガン協奏曲(concerto)」という表現でソロ曲があってもいいのかもしれません。但し、バッハの「オルガン協奏曲」は7曲あって、どれもが他の作曲家の曲を編曲したものとなっています。何故、そのような曲をゴルデルがわざわざ作品の中に登場させたのか...それは、単にお気に入りだったから、と思えるのですが。我が家に録音があるか探したところ、ブリリアント・レーベルのバッハ全集に入っていました。6曲入っています。早速BWV592と593を聴いてみたところ、なるほど素晴らしい曲です。でも、原曲を褒めるべきか、バッハの編曲を褒めるべきか。

ゴルデルはノルウェーの人です。オスロには行ったことがあります。6月で、白夜を経験しました。ムンクの絵も見ました。トナカイの肉も食べました。前出のバッハ全集のオルガン演奏は、スウェーデンで録音されています。ストックホルムには2度行きました。オスロもストックホルムも綺麗なところでした。空気もきれいで、今部屋でHans Fagiusの弾くオルガン曲を聴いていると、そんな空気を感じます。

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日曜の夜は:リヒャルト・シュトラウス

日曜の午後は、少し月曜日以降の仕事の準備をして、寝る前はポワーとしていることが多いのです。今日もそんな具合で過ごしています。以前、FMで吉田秀和さんの解説でリヒャルト・シュトラウスの曲が流れていたのを思い出しました。1944年から45年に掛けて作曲した「メタモルフォーゼン(Metamorphosen)」と1948年に作曲した「四つの最後の歌」が流れていました。前者の演奏者名は忘れましたが、後者はシュワルツコップ(ソプラノ)とセル指揮ベルリン放送交響楽団でした。

Metamorphoseは変化、変容、変身の意味です。戦争で崩壊したドイツのことを想って作曲したようです。弦だけで演奏されます。今、ルドルフ・ケンペ指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏で聴きました。各声部が強弱と付けて大きくうねりながら絡みあいますが、決して響き過ぎるこのない抑圧も覚えます。ときどき、シェーンベルグの「浄夜」っぽいところがありました。

「四つの最後の歌」は、シュワルツコップのものの他に、ジェシー・ノーマンとマズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のLPを持っていて、先ほど聴きました。少しひんやりする部屋の空気を伝わって来る響きの中に、作曲家の心境を感じるように思います。いい演奏です。マズアという指揮者は日本では人気が無いようですが、シューマンなどでも分厚い感じの雰囲気を出すタイプのようで、私は少なくとも嫌いではありません。

今日は我が家の長男の誕生日です。希望していた職業のところに、来年は正式採用になれそうです。親として、とても嬉しく思っています。希望のあることが一番です。

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幸せな朝、土曜日の朝:フランソワのショパンのワルツ

学生から社会人になって以降、土曜日の朝の開放感がいまだに好きです。もっとも、仕事がうまく行っていない時には、強い憂鬱感を持って目が覚めてしまったりもしました。でも、最近はこの手の憂鬱感には抵抗力がつき、あまり気にならなくなったのですが。これで、勤め人から足を洗ってしまうと、もうこのような開放感は味わえないのでしょう。

昨夜、寝る前に他の人のブログにコメント書き込みをしようとしていたことを思い出し、確認したところ書き込んでおらず、ほっとしました。何故ほっとしたかと言うと、ある演奏家について悪い印象を持っていることを書こうとしたからです。たとえ、その印象が確信に近く、一生変わらないという”自信”があっても、書くべきではない、というのが持論だったので、危うく昨夜は大失敗するところでした。所詮、好き嫌いの世界に正論はなく、批判しても得るところはないと思っているのですが、一方で、自分の気持ちをそのまま出したいという欲求もあります。まあ、人間というものは面倒なものです。夢の中、あるいはこのようなブログで間接的に開放したりするのですから。

最近、知り合いの方お二人からそれぞれ馬鈴薯を箱で送って頂きました。少しずつ我が家用に出して、残りを息子達ふたりにそれぞれ送ることにしました。箱の中に「ソフィーの世界」の本を入れました。このところ、以前親しくしていた方々と久しぶりに会ったり手紙の交換をしたりするようなことが多くなり、何かが動き出したような気がしています。

昨夜、布団に入る前、FM放送で岡林信康(フォークシンガー)の昔の録音を流しているのを聴いていました。「山谷ブルース」とか、「私たちの望むものは」です。ギターの音が、先日入手した中古ギターの音に似ていました。

折角の休みですが、家で集中して音楽を聴ける時間はあまりなく、半日も聴いていたら断片的にしか耳に入って来なくなります。それで、いつも土曜の朝は、何を聴くのかが大事になるのですが、この頃ぴんと来てすぐLPやCDを引っぱり出すことがなくなり、ただ何となく最近入手したものを取り敢えず聴くようなことになっています。今、ちょっと手を休めて、サンソン・フランソワのピアノによる「華麗な大円舞曲」を聴きました。とても綺麗な響きで素敵な演奏です。でも、独特の崩した弾き方になっていて、自分がそれに拘束される(付き合わされる)気もします。ちょっと間をおいて聴いた作品34-の2の「華麗な円舞曲」では、フランソワの味付けが曲の特徴を分かりやすくしてくれているように思いました。全然華麗でないワルツです。この人の弾くベートーヴェンのピアノ・ソナタ(「悲愴」「月光」「熱情」)からは、他の人の演奏とは随分違う印象を受けます。フランソワという人のユニークな個性の為せるワザなのでしょう。ショパンにもその特徴が出ていると思います。

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カイルベルトのモーツァルト

モーツァルトの交響曲第40番や第41番の演奏録音が我が家にいったいどれほどあるのか、数えたことがありませんが、100まではいかなくても、数10レベルではあるでしょう。それぞれ特徴があって素晴らしいものですが、どれも同じような演奏ではないことが、やはり凄いと思います。

中古LP屋をのぞいていて、後で失敗したと思うことが二つあります。既に持っていることを忘れて同じものを買ってしまった時と、買い過ぎだからと躊躇して買わなかったものが、実は貴重なものだったと知った時。後者の例として、今回のヨゼフ・カイルベルト指揮バンベルク交響楽団のモーツァルトの交響曲があります。後で別演奏でライブ録音だったCDを買いましたが、最近オークションでスタジオ録音のLPを見つけ、やっと落ち着きました。ガッチリとした古典としての演奏で、ちょっと渋い響きですが、聴き応えは十分で、安心感が漂います。ベーム指揮ベルリン・フィルの演奏に近いと思いますが、大きな話題とならなかったのは、多分ベームほどのチャームがなかったからなのでしょう。しかし、今聴くと、これはこれで、貴重な個性を持っています。カイルベルトの演奏では、ウェーバーの「魔弾の射手」が、雰囲気たっぷりの素晴らしいものでしたが、今回のLPがお気に入りに加わりました。

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ちょっと哲学:「ソフィーの世界」

最近、古本を買って読むことが多く、アレックス・シアラーに続いて、ヨースタイン・ゴルデルの「ソフィーの世界」を読みました。全部で600ページ以上だったので、読むのに時間が掛かりましたが、それだけ(以上)の価値があったと思います。最初から読み直しているほど気に入っています。2冊古本で追加購入することとし、二人の息子に送ることにしました。神話からビッグバンまで、途中、昔むかし「倫理社会」の時間で勉強したこと等も多く出て来ます。哲学の話以外の部分はちょっと捻ったお話にしてあり、それがまた意味を持っているので、感心するばかりです。

音楽に関係するところとしては、中世、バロック、ロマン主義が出て来ます。ところで、中世以前は、楽譜が無いので知ることが出来ず、中世でグレゴリオ聖歌やハープの絡む音楽を聴くことが出来るわけです。中世、ルネッサンス(ミサ曲、等)と聴いた後にバロック以降の音楽を聴くと、音楽がとんでもなく豊かな表現に溢れるようになったことが確認出来ます。

現代音楽と言われるものにも、その背景として、その時の思想が大きく影響いているように思います。確かに、音楽の中に、その時々で何かを求めていたのだと思います。一方、演奏という行為は、作曲された当時の思想も含めて再現を試みるのか、それとも演奏が行われる時代の思想を”こめる”のか等々、興味深いところがあります。今”自分”という”個”を確かめるために聴く音楽は何か、その演奏は誰が行うか、と考えると、演奏録音を聴くという行為に特別な意味を覚えます。

今、深まっていく秋の夜に自分が聴く音楽は何か。外から虫の音が聴こえ、ちょっとひんやりする空気の中で、自分の頭の中に浮かぶ音楽。それはシューベルトの「白鳥の歌」。ジェラルド・ムーアの伴奏でフィッシャー=ディスカウの歌声をLPで聴いています。この時は、まだ十分に若々しい声でした。外で猫の声が聴こえ(あれは何の声だろう?)、風呂上りの暖かい身体を感じながら、周辺の音と共に、明日のことはひと時忘れて、音楽を聴いています。フィッシャー=ディースカウのオーヴァーアクション気味の歌い方も、慣れてしまえば普通に聴こえます。

今週は、忙しい日が続きます。

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久し振りの演奏会:それとバルトークQとヴァルヒャ

先週、久し振りに演奏会に行ってきました。近くに住み、入社時から親しくしていたかつての職場の同僚A氏の奥様のピアノ・リサイタルです。午後2時からの開演で、会場には知った顔が多く来ており、一緒に行った家人は、知り合いの奥様方と開演前の会話を楽しんでいました。演奏はバッハの平均律クラヴィーア曲集の第1巻第8番から開始し、次いでベートヴェンのピアノ・ソナタ第30番。後は主にフランスものが続きました。演奏の中に、演奏者の人柄が表れているように思いながら、時を過ごしました。二人の息子さんのそれぞれのこと、親のこと、そして夫君のこと等。きっと他にも多くの様々な経験をされ、それらが、演奏に深みのような個性を付けていたように感じました。

最近に聴いた演奏録音で、とても印象深かったのは、1991年6月録音のバルトーク四重奏団によるバルトークの弦楽四重奏曲第1番です。彼等が1960年代後半に録音したLPでも、素晴らしい躍動感を示していて、とても気に入っていたのですが、約25年後に録音した方では、何とも言えない人の温もりを感じさせる演奏になっていました。このような経験は、その昔、ブダペスト弦楽四重奏団によるベートーヴェンの弦楽四重奏曲のLP(ステレオ)を聴いた時、演奏者達の体臭のような、独特の味わいに気づいた時以来です。音の世界、小宇宙を構成して聴かせるような演奏もあれば、上記のような”人”を感じさせる演奏もあり、演奏という行為の面白さを覚えます。

昨日、親戚の葬儀に行って来ました。82歳でした。気象予報官を務められた方で、最近、「天気の話」という6ページの小冊子を作られ、天気のメカニズム等が分かり安く書かれています。以前、亡くなられた方の兄あたる義父の所に行った際、その小冊子を見て欲しく思っていたところだったのですが、葬儀で記念に配布され、思わぬ形で手にすることになりました。葬儀の間、その方がこれまで数え切れぬほどの様々な経験をなされて来ただろうことを思い、人の不思議を改めて覚えました。家に帰って、家族の写真アルバムをしばらく眺め、子供達の小さかった頃や自分の若かった頃の写真の見ては、当時の自分の心の中のことを思い出していました。

昨夜は、ヴァルヒャのチェンバロ演奏による、バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻を聴きながら寝ました。バラエティーのある音色を活かしながら短く弾く音と、ピアノのような余韻の長く続く音が組み合わされた音の世界から、夢の世界へと移りました。

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エリック・サティのCD:フィリップ・アントルモン

3連休だというのに、土曜日は朝から職場に出て夜10時に家に帰り、今日は、午後3時間昼寝した後、1時間程PCに向かって仕事をしました。明日は昼から職場に出ます。そんな訳で、いささか疲れ気味なのですが。

01 さて、そんな中でも、しっかりと音楽は聴いており、昼に家人の用で出かけた際、近くの古本と中古CD等を扱っている店で、フィリップ・アントルモンのピアノによる、サティの03 CD1枚を買って来て聴きました。1979年11月パリでの録音です。このCD、以前この店に行った時にあったのですが、まだ残っていました。「きみがほしい」や当然「ジム ノペディ第1番~第3番」、「グノシエンヌ第1番02~第3番」が入っています。「きみがほしい」は、以前別の楽器で練習したことがあり、楽譜上は簡単ですが自分には到底センスがないと絶対に人前ではやらないことに決めた曲です。アントルモンは流石に上手です。柔らかく品のいい演奏で、ソファに横になりながら何度も聴きました。アントルモンの録音は、以前、「エリーゼのために」等の名曲集やバッハの「インヴェンションとシンフォニア」の演奏録音を聴いた時にも、心地よい流れで品の良い演奏をする人だと思い、結構好きな演奏家です。

サティの演奏ですと、チッコリーニの演奏録音がよく知られており、家にも新旧2種類の全集があるのですが、所有していることに満足してしまったようで、あまり聴いていません。アントルモンの演奏には、ふわっとした響きの中に、いろんな感情が聴いてとれるように感じます。素敵ですね。自分に出来ないことでも、他人がやってくれると、その何かを感じることが出来ます。

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演奏会経験と自分らしさ:ドイツ・バッハゾリスデン、ケンプ

アマチュア無線局免許の更新手続きを今月始めに行い、今日、新しい免許状が届きました。コールサインは、中学3年の時にもらったJAから始まる古いものです。思えばこの5年間、時々受信はしていましたが、交信はしていません。でも、やはり自分の起源というか、自分らしさを示すidentityの一つのようなもので、アマチュア無線を自分の活動から切り離すことは出来ません。これでも、第1級アマチュア無線技師の免許を持っており、モールス符号も覚えています。10年ほど前には、小さな無線機をキットで沢山作りました。あるアマチュア無線クラブに所属して役員も担当していたのですが、クラブの運営等について不満がつのり、辞めてしまいました。趣味の世界で自分をまげる必要は覚えないものですから。

01_3 そんな我がままな小生ですから、演奏会の途中、と言ってもさすが演奏中ではなく、休憩時間に帰ってしまうことも珍しくありません。近くのレストランで、ビールを楽しんで帰ります。飲み終わる頃ちょうど演奏会が終わり、会場から出て来る人達に紛れて帰ります。演奏会を心底楽しんだ経験は、あまり多くありません。素晴らしい演奏会であったと今でも強く記憶にあるのは、ヴィンシャーマン率いるドイツ・バッハゾリスデンの演奏会とケンプ(ピアノ)演奏会です。前者の演奏会では、特にハイドンのハ長調のチェロ協奏曲の演奏が強烈に印象に残っています。素晴らしく切れ味のいいチェロの演奏と、カデンツァの時の、ヴィンシャーマンはじめ周りの演奏家達がじっとチェロの演奏に耳を傾け集中する様が”音楽を作る”喜びを覚えさせてくれました。左の写真は、LPジャケットからの写真ですが、丁度こんな角度の席で聴きました。後者の演奏会では、何と言ってもケンプの素晴らしく人間味あふれるピアノの響きが胸にしみてきて、涙があふれました。ケンプは休憩時間中もステージの袖にいて、壁の「火事注意」の貼り紙を見ていました(最前列の端の席だったので、様子が見えたのです)。LPやCDで聴いて感激する演奏は多いですが、実演から受ける印象は、やはり強烈です。それのない演奏会は、正直、ちょっと苦痛かも。

”仕事やいろいろな煩わしいことから一時解放されて、自由な心を持って日常に帰って来る”、こんな経験を演奏会に期待しているように思います。LPやCDを聴くときには、”自分”が強すぎて、感動はするものの、大きな開放感を覚えることは少ないようです。しかし、その演奏(録音)に対する親しみは覚えます。

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JET STREAM:ジェットストリーム

01 最近、寝る前、というか寝る時によく聴いているのが、JALジェットストリームです。あの城達也さんのナレーションの入ったCDです。昔むかし、大学入試は受かったものの、いざ入学してみると、期待していたような学生生活を送れる状況に無いことを自覚し、明日の自分に不安を覚える夜に聴いていたのが、ジェットストリームでした。暗い部屋の中で、フォスターの小さいスピーカーで聴いていました。ミスター・ロンリーの音楽が流れる中、「遠い地平線が消えて、深々とした夜の闇に心を休める時、 はるか雲海の上を音も無く流れ去る気流は、たゆみない宇宙の営みを告げています。満天の星をいただく果てしない光の海を、豊かに流れいく風に心を開けば、きらめく星座の物語りも聴こえてくる、夜のしじまの何と饒舌なことでしょうか。光と陰の境に消えていった遥かな地平線も瞼に浮かんでまいります。」の声を聴きながら、明日に少しでも希望を持とうと、毎晩自分に言い聞かせていた日々を思い出します。

結局、その大学へは2ヶ月間通っただけで、後は予備校に行って翌年別の大学に入り直しました。この「やり直すことの決断と実行の体験」は後々まで心に残り、夢に何度も出て来ました。就職後5年して、会社派遣でアメリカ留学することになった時にも入試準備をし、私にとって二つ目の大学院に行くこととなりました。今、修士号を二つ持っています。ただし、現在の仕事には直接関係のない分野となってしまいました。英語の方は、2年もアメリカで暮らした割にはうまくならず、むしろこの10年間、仕事で海外出張に行く中でよくなった方です。

先日、写真の整理をしました。懐かしい写真が沢山あって、自分の若い時の写真や家族の写真を眺めていると、その頃の空気も感じることが出来る気がしました。この頃は、なかなか若い人の視点を感じてあげることが難しくなり、教えるとか、助けてあげるとか、何かしてあげることが必要な場合の接し方には苦労します。案外、こちらの考えていることが伝わっていないことも多くあります。時には煩く思われることを気にしないで、時間を掛けて考えを説明してあげることも大事なようです。

「夜間飛行の、ジェット機の翼に点滅するランプは、遠ざかるにつれ、しだいに星の瞬きと区別がつかなくなります。お送りしておりますこの音楽が、美しくあなたの夢に溶け込んで行きますように。」 このナレーションが流れる時には、大抵寝てしまっています。

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久し振りに楽器いじり:アコースティック・ギター

1ヶ月ほど前、近くのリサイクルショップでアコースティック・ギターを買いました。30年ほど前に作られたもので、有名なマーチンのギターを真似た国産のものです。あまりに手にフィットしたのと、音が落ち着いていて安っぽい響きでなかったのが購入を決めた理由です。鼈甲のピックで弾くと、なかなかの良い響きになり、その音を聴いているだけでも、いい気分になります。本当に左手に馴染む感じがあって、握っているだけでも落ち着きます。ちょっとした(楽器との)”出会い”に、喜びを覚えています。

いよいよ、LPの置き場所が厳しくなって来ました。減らさない限り、新たな購入には応えられない状況になりつつあります。出会いの楽しみと、保有の楽しみの違いを考慮して、持ち物を減らしていかないと、家人に迷惑がかかるかも.....

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近況:ちょっと忙しかったけど、それでも

ちょっとした興味で、2階においてあったビクターのスピーカー、SX-500ドルチェを下に降ろし、真空管アンプSQ38FDにつないでみました。FM放送を聴いたところ、スタジオの残響等、雰囲気が生々しく、「おっ!」と思いました。しかし、すぐに音が硬いのが気になり、その日のうちにSX-500ドルチェを元の2階に戻しました。SX-3は、SQ38FDのもとで、相変わらず落ち着いた柔らかい響きを聴かせてくれています。真空管アンプといえども、どんなスピーカーでもいい結果を出すとは限らないようです。

さて、仕事では海外から来られた方々との打合せが続いたり、台風が来たり、ちょっと忙しい日が続きました。昨日は、家人のパソコン(と言っても、元々は私が組み立てたPC)が不調になり、もしやと思った電源ユニットを替えても直らなかったため、思い切って新しいノートパソコンを買いました。近くの大型電気店で凄く安く買え、Windows Vistaなるものも経験しました。Windows XPのマイナーチェンジという感じで、それなりに使い勝手がよくなっていました。データの移し変えやe-mail設定を行い、動作確認したところで家人に渡しました。

FMチューナーを(古いものに)替えた後、地元ローカル局の放送をよく聴いています。クラシック音楽はかかりませんが、珍しい人が出て来たり、懐かしい曲がかかったり、新鮮な感じを覚えます。FMアンテナ(八木アンテナ)の向きをローカル局と他の局のある方向にその都度変えるので、ちょっとしたアマチュア無線気分になります。そのアマチュア無線の局免許の更新手続きを先週行いました。随分手続きが簡単になっていました。

通勤途中の電車の中、ポータブルCDプレーヤーで最近よく聴いているのは、ブルーノ=レオナルド・ゲルバーが10年ほど前に録音したベートーヴェンのピアノ・ソナタで、「悲愴」、「月光」、「熱情」、「ワルトシュタイン」などを聴いています。精神性を前面に出すのではなく、音(響)をうまく構築して、独特の架空世界を聴かせてくれます。ピアノの音が綺麗で、テンポを意図的に動かしても基本のところがとても安定しているので、気持ちよく聴くことが出来ます。今の時代では、このような方向の音楽表現になるのかなと思いながら、結構よく聴いています。

01 安川加寿子さんのLPも入手しました。ショパンの曲集(LP2枚)で、昔実演で聴いた「葬送行進曲」が入っています。意外とスケールの大きい落ち着いたいい演奏で、素晴らしいものです。実演で聴いた当時の写真を見ると、当時”おばさん”と思っていたのが、実は結構若く見えます。当時私は高校生、今はもうすぐ定年の歳、当たり前の感想ですね。

1 ミシェル・ベロフが10年ほど前に録音した、ドビュッシーのピアノ曲全集も入手しました。20歳代の時の演奏とは違った面があります。ベロフは私と同じ年齢で、予想外の苦労を経験した等、何となく気になる存在です。

1_2 パヴァロッティの演奏録音は、多くは持っていないのですが、氏を懐かしんで、マスネーのオペラ「マノン」(ソプラノ:フレーニ、指揮:マーク、1969年録音)とヴェルディのオペラ「ルイザ・ミラー」(ソプラノ:カバリエ、指揮:マーク、1975年録音)を聴いています。前者はCDですが、あまり録音は綺麗には録れていません。ライブ録音です。後者はLPで持っており、状態がよいのでスタジオ録音の雰囲気もよく伝わって来ます。マークの指揮は安定感があり、パヴァロッティの特徴のある歌声と微妙なバランスになっています。ルイザ・ミラーのロドルフォのアリアは意外と控えめに歌っているように思うのですが、あまりパヴァロッティを多く聴いていないので、これがパヴァロッティらしいところなのか分かりません。次男坊は、三大テナーの演奏会でパヴァロッティを聴いています。貴重な、いい経験をしたことだろうと思います。

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宗教曲テノールのアリア:メサイア、エリア

昨晩、声楽の試演会が”横浜みなとみらい”であって、それに出ている次男坊の演奏を聴いて来ました。2回登場し、各3曲ずつ、合計6曲歌いました。テノールです。レスピーギの歌曲には良い曲が多くあって、息子も数曲、レパートリーにしています。昨晩はそれに加えて、ヘンデルのメサイアから有名な"Ev'ry Valley"とメンデルスゾーンのエリア第1部からオバデアのアリアを歌いました。前の曲は、よく声のコントロールが出来ており、後の曲では柔らかく、まるでモーツァルトの曲のように歌えていました。小さい時に教会の日曜学校に行ったり、学生になってからは、アルバイトで結婚式で歌ったりしているので、宗教曲に対して本人に違和感がないのではないかと思います。

息子が発表会で歌う時には、大抵私がMDを使って録音し、後でCD-Rにして本人に送ってあげて来ました。今回も、今日すでに発送したので、明日着くでしょう。録音用のマイクは、そう高音や低音が入るものは使っていませんが、一応ステレオで会場の雰囲気を含めてとれてはいます。気を使うのは、出来るだけノイズをいれないことと、音量レベル設定をほど良いところにすることです。レベルを上げ過ぎると、最強部で音が歪んだり、会場の雰囲気音が多く入り過ぎます。下げ過ぎると、生き生きとした感じが弱まります。

宗教曲には希望を感じさせる要素があり、息子がそのような曲を歌っているのを聴くと、本人の希望と、それを叶えさせてあげたいという希望を覚え、元気をもらうような気になります。そんなことを考えながら、夕べは沢山寝、起きたら朝8時でした。今日、昼過ぎにも3時間ほど寝、とにかくよく寝ています。

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ポンパ!:ブラームスのチェロソナタ

今年度の芥川賞受賞作品「アサッテの人」(諏訪哲史作)を読みました。「ポンパ」、「タポンテュー」、「チリパッハ」、これらが作品に出て来ます。脈絡なく、しかし響きに意味を持って。この作品の価値については言及出来ませんが、「ハバビ」である小生には感覚は理解できます。選考委員の一人である石原慎太郎氏は”ぼろくそ”評価でした。我が家の長男は、まだ言葉をよく話せなかった2才頃、クリスマスツリーの飾り電球のことを「チーパッパ」と言っていました。光具合からそう感じたのでしょう。そり滑りのことは「チューバッチ」でした。チューと滑って行って、雪が顔にあたって汚れてバッチくなったからでしょう。他にも、いろいろ言葉を作っていました。「ハバビ」は彼が4、5才頃に作った言葉です。相槌代わりの言葉でした。そのアイデアは、遠くからいきなり来たのではないかと思います。

01 自分だけの標準演奏を、一つ思い出しました。シュタルケルのチェロ、シェベックのピアノによるブラームスのチェロ・02 ソナタ、第1番と第2番です。他の演奏録音も持っていますが、シュタルケルのチェロの響きが、最高に曲に合っています。他の演奏録音(正直に書きますと、フルニエとバックハウス、ロストロポーヴィチとゼルキン、デュ・プレとバレンボイム)の響きでは、ピンと来ません。

ELEKITのプリアンプをSQ38FD(メインアンプ部)につないでみました。SQ38FDのプリアンプ部よりも良く聴こえた気がします。但し、MCカートリッジについては、ELEKITのプリアンプのMCカートリッジ用の回路を通すよりも、FR(フィデリティー・リサーチ)のトランスを使った方が良く聴こえました。またぞろ真空管アンプ(キット)を作ってみたくなっているのですが、KMQ60の調子も良く、ニーズの無い、きりの無い欲望と化しています。冬になるまでは次のことは決めないよう、自分に言い聞かせています。オークションのウォッチリストも消しました。一方、何故、真空管アンプが良いのか、その根拠を考えていますが、面倒な説明を省いて言えば、マイクでとれなかった(録れなかった、捕れなかった、・・・)音を、付加している可能性がありそうです。元の音に纏わり付いている僅かの響きが、どうも心地よく感じさせてくれているように思います。

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アレックス・シアラー:「スノードーム」

今までFMアンテナの代わりにTV用のアンテナラインを使っていましたが、幾つかの局の受信状態が悪かったので、FM専用のアンテナを屋外に取り付けました。効果てき面で、歪のない音が楽しめるようになりました。吉田秀和さんの番組でチャイコフスキーの曲を聴いたりしましたが、演奏に集中できる音になっていました。

昨日から、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」で、今の気分に合ったものを所蔵のものから探しているのですが、なかなかぴったりしたのが出て来ません。聴きたいイメージに比較的近いのは、ジュリーニ指揮ロスアンゼルス・フィルのものとカイルベルト指揮バムベルグ・フィルのもので、あまり楽しい気分が強く出てこない演奏です。少しゆっくりと、疲れを癒すような演奏です。「田園」の演奏録音はかなりの数持っているのですが、私の聴きたいイメージが極端すぎるのか、どれも違う感じがします。

さて、今週、アレックス・シアラーとういう英国の作家(1949年生まれ)の「スノードーム」という本を読みました。ミニチュアの彫像・世界を作る芸術家の話です。ストーリーや幾つかの設定がとても見事で、それらに感心しながら読みました。この本の前に、同じ作家の「青空のむこう」という本も読んだのですが、そちらもよく出来た内容で、一気に読んでしまいました。「スノードーム」に出てくるミニチュアの世界と、目の前の装置で聴いている、何十年も前に録音されたにもかかわらず生々しい音のオーケストラの演奏が頭の中で変にオーバーラップして来て、時空を超えた別世界と行き来しているような錯覚に陥りそうです。

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古典となった演奏録音達

SX-3がよく鳴っています。ちょっと下ぶくれのバランスで、強弱のメリハリもKlipschのようなわけには行きませんが、全く違和感なく音楽を聴くことが出来ます。よく出来たスピーカーです。

さて、実演に接し、その思い出が今も強く残っている演奏があります。それらは録音は残っておらず、また残っていたとしても、実際に会場で聴いた時の強烈な印象とはほど遠いものと思います。一方、最初から録音で接した演奏があります。私の場合には圧倒的にこの経験が多いわけですが、その中には、愛聴盤というより、多くの人たちが特別な演奏録音として認めて来たでしょうし、これからもそのように認められるであろうものがあります。

思いつくままにあげれば、まずカザルスの弾くバッハの「無伴奏チェロ組曲」があげられます。たとえば、第5番のサラバンドなど、楽譜は極めて簡単で、移調等を行えば楽器を問わず誰でも弾けてしまえそうに思えます。しかし、実際に演奏してみると、カザルスの演奏が如何に深いもので、到底近づくことも出来ない”恐い”演奏であることを思い知らされます。私は時々はこの古典の領域に入ったカザルスの演奏録音を聴きますが、しかし、よく聴くのは1960年代前半に録音したシュタルケルのものです。SACDでも出ました。第3番のプレリュードなど、途中素晴らしくよく肩の力の抜けたようなアルペジオ部分があったり、聴きどころが多くて、こちらは私の愛聴盤になっています。

グリュミョー(Vn)とハスキル(P)のモーツァルトのヴァイオリン・ソナタも、あのちょっと古い感じのステレオ録音と共に、なんとも不思議な雰囲気を持っていると思います。他にも多くの演奏録音があり、それらも好んで聴きますが、この演奏録音からは、親子ほど歳の離れた二人の出会いとモーツァルトの曲の絶妙な組み合わせによる、特別なものを感じます。

リパッティがスタジオで録音したショパンのワルツ集も、ショパンのこととリパッティのことが重なる中、名曲を次々と見事に音の立ったピアノで自在に弾いていて、偉大な才能の記録と共に素晴らしい音楽を聴かせてくれるように思います。

準古典としては、バックハウスの弾くベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集(ただし、古いモノラル録音の方)を思いつきます。これは、とにかくベートーヴェンを聴いた、という実感があります。わざわざ、音の良い初期のLPでそろえたほどです。セゴヴィアのギターの演奏録音にも、たとえばソルの「グランソロ」、「メヌエット」やタルレガの「アルハンブラの思い出」等の有名な曲を集めた”Masters of the Guitar”は、古典的な価値があると思います。これも状態の良いものを求めて、同じLPを3枚持っています。これから先は、もう愛聴盤の領域です。

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聴かず嫌い:ブルーノ=レオナルド・ゲルバー

ゲルバー氏は1941年生まれ、もうすっかりいい歳になってしまいました。この人が日本にレコード・デビューした当時のことをよく覚えています。アマチュア無線がきっかけで知り合ったN君が、ゲルバー氏のことに触れ、(大変失礼な話なのですが)「あの顔が・・・、聴く気になれない。」と言っていたことを思い出します。実は、私も当時同様の感想を持っていたため、結局、氏のレコード等を聴かないまま長い月日が経ちました。先日、中古LPで氏の演奏するシューマンの「交響練習曲」/「謝肉祭」を見つけ、昔友人と交わした会話のことを懐かしんで買いました。聴くとピアノらしい綺麗で豊かな音が聴き取れ、情感に満ちた演奏でした。

01_13 その後、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番/ピアノソナタ第26番、ピアノ協奏曲第5番を聴き、「わかり易い演奏をする人だなぁ」との感想を持ちました。そして、昨日、ブラームスのピアノ協奏曲第1番を聴きました。この演奏には、特に大変良い印象を持ちました。ダイナミックな演奏の中に思索的な雰囲気が溢れる一方、曲全体のバランスも安定しています。伴奏は、フランツ=ポール・デッカー指揮、ミュンヘン・フィルハーモニック・オーケストラで、ピアノの表情に相応しいサポートをしています。この曲を、これほど魅力的に演奏した例は稀なように思います。

N君は現在、父君の跡を継いで札幌で鋸歯研磨の工場を営んでいます。かつて使っていたビクターの大きなスピーカーシステムやサンスイの真空管アンプAU-111は、多分大事に取ってあると思います。彼は、一旦勤めた会社を辞めて父親の跡を継ぎ、一方、私は跡を継がずに多くの親戚の住むところから遠く離れて暮らしています。それぞれの歴史を刻みながら今まで来ましたが、さて、N君の方は、ゲルバー氏に出会うことが・・・いや、彼のことですから、飄々として、私とは違う出会いをしていることでしょう。そういえば、彼の結婚披露宴で、今は亡き父君が、「こんな馬鹿息子が一人前になって」と涙しながら挨拶していました。私の時には、既に父は亡くなっていましたので、挨拶は義父に頼みました。父は、私がまだ学生の時に亡くなりましたが、そんなことも私が親の跡を継がなかったことに関係していると思います。昔の友人を見ると、もしかすると自分が歩んだかもしれない別な人生を見る思いがします。「それも良かったな」とも思いますが、今の職場でやらなければいけないことがあって期待されているらしいことを”よし”としましょう。

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ジョン・コルトレーンを聴きながら、真空管アンプのことなど

最近は、もっぱら真空管アンプ(SQ38FD)とKlipschのスピーカーのある部屋で音楽を聴いています。今日は、そこで使っているSACDプレーヤー、SA8400のトレイの裏側に少し粘着テープを貼って見ました。デジタル部分とアナログ部分が一体になったケースですので、CDの回転の影響で少し振動しているトレイがアナログ系に影響を与えているのではないかと気になったので、テープを貼ってみた訳です。お呪いのようなものですが、心持ち音が柔らかくなった気がします。でも、音が変わったと思い込んでいるだけなのかもしれかせん。

今夜、ジョン・コルトレーンのアルバム「バラード」のCDを聴いています。学生の時、LPで聴いていましたが、8年前にナッシュビルに行った時に記念にそのCDを買って来ました。私は25年ほど前、会社派遣の留学で、約2年間ナッシュビルにいました。その時Klipschのスピーカーと出会い、今もずうっとそれを使っている訳で、留学中はアパートでスタンリー・クラークのベースで「スクール・デイズ(School days)」などをよく聴いていました。で、大学の近くにGreat Escapeという名の中古レコード屋があり、しょっちゅう顔を出していました。8年前に行ったところ、その店はまだありました。但し、レコードに替わってCDが置いておりました。そこで「バラード」を見つけて買って来た訳です。そして今、そのコルトレーンのCDが、とてもいい感じで鳴っています。エルヴィン・ジョーンズのドラムのシンバルの音も、結構”らしく”鳴っています。高効率のKlipschのスピーカーとSQ38FDの相性は抜群のように思います。綺麗な音と言うより、自然な存在感のある音と言ったところでしょうか。

トランジスター・アンプと違って、真空管アンプを使っていると、時々真空管の劣化やバイアス調整等のことが頭を過ぎります。一応、真空管等の主要部品の予備は中古で揃えているのですが、何しろ新品が手に入りませんので、さらに予備品が欲しくなります。インターネットのオークションで見つけては入札しますが、何が何でもということでもないため、いつも負けてしまいます。いい音で音楽を聴くことが出来るようになると、その状態を如何に保つか、贅沢な悩みが発生します。家人は、「壊れた時に、またオークションで手に入れたらいい」と気楽に言っているのですが。まあ、そんなことは忘れて、コルトレーンの素晴らしいサキソフォンの音を聴きましょう。

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レイボヴィッツのベートーヴェン交響曲全集:あいつ、今どうしているのかな

01_12 昨晩、いつも行く中古CD/LP屋でまた大量に中古LPを買ってしまいました。殆どが箱物で、ちょっとでも気になったものを片っ端から手にしていたら、とんでもない量になってしまいました。その時、店で流れていたフィリップ・グラスのLPまで買ってしまいました。1982年、丁度私がアメリカにいた時に発売されたものです。アメリカでもフィリップ・グラスのLPを買い、今も持っています。いわゆる「ミニマル・ミュージック」というやつで、短い音型が手を変え品を変え繰り返されます。それが神経をほどよく刺激し、肩から余計な力が抜けて行くような感じの快さにつながって行きます。沢山の箱を抱え、「今かかっているのも、くれ。これはクラシックばかり聴いて、頭がゴチゴチになった時に聴くのにいいんだ。」と店員に言ってLPを受け取り、箱の上に乗せてレジの方に向かったら、後ろの方で店員が笑っているのが聞こえて来ました。

01_11 すごく重たかったのですが、自分で持って帰りました。何しろ、クナッパーツブッシュ指揮のワーグナー「指環」全曲(1957年バイロイト録音)LP16枚ものの他、オペラ3組、室内楽1組なども持っていたのですから、並みの重さではありませんでした。駅について、家まで歩く間、少し雨が降っていたので、二つの大きな手提げ袋を片手で持ち、傘をさして歩き始めたのですが、手提げ袋を持った方の手があまりに痛く、何度か左右の手で持ち直ししながら歩き、最後は傘をささずに、両手に手提げ袋をそれぞれ持って歩きました。早速,、家で聴いた中にレイボヴィッツ指揮、ロイヤル・フィルハーモニーの「ベートーヴェン交響曲全集」があります。かつてリーダーズ・ダイジェストから会員に送っていた中の一つです。リーダーズ・ダイジェストのこのシリーズの中には、マゼール指揮のハイドンの交響曲や、ブーレーズ指揮のストラヴィンスキー「春の祭典」など、今見ると結構ユニークなものが含まれています。さて、レイボヴィッツ指揮で「田園」や「英雄」、第2番や第8番、さらに第7番のいくつかの部分を聴いてみると、あまり大げさな表現は取ってはいないものの、力強く、気持ち良く引き締まった中に優美さもあり、録音も広がりと奥行きを感じさせる聴きやすいもので、なかなかの演奏録音であることを認識しました。ちょっとカラヤンを連想したでしょうか。もちろん、個々の部分の表情など、いろいろ違いますが。

この全集には思い出があります。中学校3年の時、同級生の家に遊びに行った際に、私が沢山クラシック音楽のレコードを聴いていることを知っていた友人が、少し遠慮気味に「俺はこれをよく聴いているんだ。」と言って見せてくれたのが、このレイボヴィッツ指揮の「ベートーヴェン交響曲全集」でした。その時、少し聴いたような気もしますが、「お前はもっといい演奏を聴いているだろうから」というようなことを言って、友人は早々にプレーヤーを止めたように思います。

その友人は、後に大学生の頃、事務機器を扱っていた父君の商売がうまく行かなくなったことで苦労したようでした。私が就職してすぐ後ぐらいの時、その友人から結婚式の招待状が届き、中学校の恩師が仲人をした結婚式に出席しました。仲人(先生)はその挨拶の中で、その友人が当時経営していた居酒屋の紹介をしていたことを、今もよく覚えています。繰り返し店の名前を出していました。結婚式の後、先生や他の同級生と共に、その店に行って二次会をしました。

今は、故郷からは久しく遠く離れて住んでいるので、その友人とは連絡が取れていません。でも、いつか彼に会う機会があれば、「お前はあの時、本当にいいレコードを聴いていたぞ」と言ってやりたく思います。でも、彼は覚えていないかもしれません。長い時間が経ちました。私はレコードを手にすると、それを買った時のことや聴いていた時のことを、はっきりと思い出すことがあります。人間の記憶というものは、不思議なものだと思います。

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グリークのピアノ協奏曲:ステファニスカ女史

高校生の時、レコード屋で試聴して買ったのが、ハリーナ・チェルニー=ステファニスカ女史のピアノ、ヤン・クレンツ指揮、ポーランド放送交響楽団の演奏録音によるグリークのピアノ協奏曲でした。この曲は確か、夜のラジオ番組でテーマ曲として最初の部分が流れていたので、レコードを欲しく思っていて、小遣いが貯まったのを機に買いに出かけたものだったと思います。試聴していた様子を少し覚えています。一緒に試聴して比べたのは、ルービンシュタインのピアノによるものでした。ものの本によれば、ルービンシュタインのものが推薦盤だったのですが、何度比べてもステファニスカ女史の方が素敵で、結局自分の感性を信じて思い切ってステファニスカ女史のものを買いました。推薦盤以外のものを買うには、当時の私には勇気が必要だったのです。

録音が綺麗で、ピアノのタッチがよく聴こえて来ます。メリハリの利いた強弱の幅の大きい演奏で、しかも、とてもロマンチックです。多分、ステファニスカ女史40才代前半の録音です。このLP、少しカッティングレベルが高いので、カートリッジによっては歪っぽくなります。後にCDでも買いましたが、音に冴えがなく、結局LPで聴いています。第1楽章のカデンツァの圧倒的な響きに何度も感激したものです。

この曲で、他に特に気に入っている演奏録音は、リパッティのピアノによるものです。今更言うまでもない、形と内容の揃った名演奏です。他にもいくつか同曲の演奏録音を持っていますが、その中に1995年に仕事でオスロに行った時、記念に買って来たCDがあります。ノルウェー生まれのピアニストとオスロ・フィルで、今改めて見ると指揮はマリス・ヤンソンスでした。正直な感想としては、伴奏の方がいい感じの響きになっています。

これらの素晴らしい演奏でラジオで聴いたグリークの名曲が身近なものとなり、ステファニスカ女史のものを聴いたりすると、音の向こうに景色とも心情ともつかぬ不思議な世界が感じ取れ、それらと共に今のこの貴重なひと時を過ごすことが出来ることを、とてもありがたく思います。それにしても、ステファニスカ女史のこの演奏は、新鮮さを失うことのない、素晴らしい感性に溢れています。

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ショパン「幻想即興曲」:サンソン・フランソワ

01_10 これも、複数のピアニスト(10人)のそれぞれの演奏録音 の寄せ集めLPなのですが、「ショパン・ゴールデン・コンサ02_6ート」というものが出されていました。マルクジンスキー、ルービンシュタイン、チェルカスキー、アラウ、ホロヴィッツ、アンダ、コルトー、リパッティ、ギーゼキング、そしてフランソワです。凄い顔ぶれで、コルトーの弾く「葬送行進曲」などは、かつて高校生の時に実演で聴いた安川加寿子女史の演奏と共に、とても深い感動を与えてくれたものです。

その中で、フランソワの弾く「幻想即興曲」は、このピアニストの性質が最もよくこの曲に合っている感じを聴くたびに伝えて来るため、私の中で、フランソワ=「幻想即興曲」となってしまいました。最近、中古LPでサンソン・フランソワ ショパン・ピアノ音楽全集」を入手しましたが、その中にあって、やはり「幻想即興曲」が抜群の相性の良さを示し、演奏者の閃きと曲全体に対する構成力を併せ持って弾き切っている演奏であると思います。

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シューマン「幻想小曲集」:クラウディオ・アラウ

01_9 1960年代に”インターナショナル・ピアノ・フェスティバル”というLPが出されました。国連難民救済機関・制作で、バックハウス、ブライロフスキー、ジャニス、カサドュジュ、ケンプ、それとアラウが、それぞれの得意な曲の演奏録音を寄せ集めたものでした。例えば、バックハウスは月光ソナタ、ケンプはシューベルトの即興曲、カサドュジュはモーツァルトのK.333と言った具合です。どの演奏も良いものばかりでした。

02_5 その中に、アラウの弾く、シューマンの幻想小曲集から第2番「飛翔」、第5番「夜に」が入っていて、他の曲と共に、よく聴いていました。後に、他の演奏家のもので全曲入っている演奏録音を買い求めて聴きましたが、どうもアラウのものがこの幻想小曲集にはピッタリのような感じがして、さらにその後、アラウの演奏でこの曲集を含むシューマンのピアノ曲CD7枚組を求めました。

LPの時の演奏と同じ録音ソースではないかと思いますが、シューマン特有のちょっと危ないものぐるしい情念が、曲全体に渡るしっかりとした構成とテクニックに支えられて表現されていて、それが繰り返し聴くことを可能にしているように思います。

03_1 「幻想小曲集」に限らず、アラウの弾くシューマン、あるいはリストは、どれをとっても聴きやすさ、分かりやすさ、それと表現の深さを覚えるもので、やはり貴重な演奏録音が残ったことを有難く思う次第です。

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モーツァルトのオペラ「魔笛」:カール・ベーム指揮、ベルリン・フィル

02_4 モーツァルトのオペラ「魔笛」には、素晴らしいアリア等が多く含まれていて、よく聴いています。いろいろな演奏録音を持っていますが、ヴンダーリッヒの柔らかく、美しく、そして表情の豊かな声が忘れ難く、ベーム指揮のものに戻ってしまいます。ヴンダーリッヒの歌う「絵姿のアリア」はDVDでも持っていますが、やはりベーム指揮のもとで歌っているLPが良く、他の人が歌っているのを聴く時は、「ヴンダーリッヒが良すぎるのだから」と自分に言い聞かせて聴くようにしています。

01_8 ヴンダーリッヒの演奏録音は、入手可能なものは大抵持っていて、どれを聴いても素晴らしいですが、有名なイタリアものをドイツ語で歌っているのは流石に少し違和感を覚えます。とにかく、「あー、ヴンダーリッヒにもっと長く生きて欲しかった」との思いは、誰もが持っているものでしょう。36歳で亡くなってから、既に40年の歳月が流れていますが、いまだ録音を通してヴンダーリッヒは光輝いています。

ベーム指揮の「魔笛」は、どの部分をとっても深みと透明感を合わせ持った響きがあり、全体としても素晴らしいものになっています。カール・ベームの経歴にはリヒャルト・シュトラウスやブルーノ・ワルターが登場し、戦前・戦後と多くの経験と持って生まれた才能が結実して、多くの貴重な演奏録音を残すことが出来たのだろうと思います。84歳で亡くなるまで演奏活動を続け、1954年の時が60歳ですから、自分の歳と比較し、その活発さに恐れを抱いてしまいます。自分は、そんなに長く仕事を続けられるのだろうかと。これも、持って生まれた才能の為せる業ではないかと、割り切るしかないように思います。

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シューベルト、交響曲第9番ハ長調:カール・ベーム指揮、ベルリン・フィル

カール・ベームの凄さと恐さを知ったのは、モーツァルトのオペラ「後宮からの脱走(誘惑)」を聴いた時でした。その深い響きは、それまで聴いていた同曲の他の演奏録音からは聴けないもので、この楽しいオペラが急に恐く感じたほどです。

01_7 シューベルトの交響曲第9番の演奏において、ベームはあまり大きくテンポを動かすようなことはしておらず、端正な演奏という印象があるにも拘わらず、とても聴き応えがあるのは、上記のような深い響きがあるからでしょう。いろいろ、いわゆるロマンティックな演奏を聴くこともありますが、ベーム/ベルリン・フィルの端正で構成のしっかりした土台の上に深遠なる響きを聴かせる演奏というのは、極めてユニークなものであると思います。今更ながら、カール・ベームは偉大な指揮者であったと思います。

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モーツァルト、「ヴァイオリン協奏曲第5番」:オークレール(ヴァイオリン)

01_6 元々は、第4番のグリュミオーの演奏を聴くために、手頃な値段(廉価盤)だったので買ったLPでしたが、B面に入っ ていたミシェル・オークレールのヴァイオリン、マルセル・クーロー指揮シュトゥットガルト・フィルハーモニック管弦楽団の演奏録音による第5番「トルコ風」の方が断然気に入ってしまいました。いわゆる音の立ったヴァイオリンの響きで、多分この曲が本来持っているフレージングの後の独特の”間”における憂いに満ちた表現がオーケストラの表現と共に全曲に渡って聴き取ることが出来、聴き終えた後の満足感が抜群です。

03 この録音、後にCDで出ましたが、音の冴えがなくなっているのは、録音テープの劣化(磁気の弱り)によるものかと思います。オークレール女史は、早くに演奏の第一線から退いてしまったので、いい状態の録音が(LPではありますが)残っていることは、とても貴重なことと思います。

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ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ≪スプリング≫:オイストラフ

中古LPで入手したバルトーク弦楽四重奏団によるバルトークの弦楽四重奏曲第1番と第2番、共に素晴らしい演奏でした。弾むような躍動感とちょっと難しい響きが、空気に自然に溶け込んで来ます。

02_2 さて、ベートーヴェンで思い出されてしまう演奏と言えば、ヴァイオリン・ソナタ第5番≪スプリング≫のダヴィッド・オイストラフ(Vn)、レフ・オボーリン(P)の演奏録音です。オイストラフのバランス良く安定し、かつ輝かしい響きのヴァイオリンを、湧き出るかのようなリズムで柔らかく支えるオボーリンのピアノは、何とも忘れがたい貴重な録音です。大抵、いったん聴き始めると、最後まで通して聴けてしまいます。

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